「あきらめなかった人」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。新しい一年を、無事に迎えられたことに、心から感謝しております。いつも読んでいただき、ありがとうございます。

さて、2019年、お金とどんな付き合いをしていくか。大切なことは何か。続けて一緒に学んでいきましょう。

直接はお金と関係ありませんが、今回は、ある知人の女性から聞いた、あるエピソードをみなさんにお話します。

一人の女性のお話です。

トライアスロンという、水泳、自転車、長距離走の三種目を連続して行う過酷な耐久レースをご存知でしょうか。

ある日、私の知人は、そんなトライアスロンを一度で良いからチャレンジしたいと思い、出場するための4か月レッスンスクールに通う決意をしました。

そのスクールは女性ばかりを集めたもので、参加した方は本人も含め、普段まったく運動をせず、しかも泳ぐのも走るのも、ましてや自転車を漕ぐのも初心者ばかりでした。

知人は、週に数回、トレーナーと共に、必死にレッスンを続けましたが、水泳は25メートルを泳ぐのがやっと、マラソンも自転車もいつまで経っても人並みにもならず、自分は本当にトライアスロンに参加できるのか、と不安が募るばかりだったそうです。

そんなある日、トレーナーがみんなを集めてこう言い切ったそうです。「みなさんは4か月後、必ずトライアスロンを完走しています。」と。その言葉を聞いて、「私、絶対無理……」と思ったそうですが、せっかくここまで続けたのだから、「やるだけやってみよう」、「その言葉を信じよう」と、知人は心を新たにしたそうです。

スクールの仲間の中で一番運動音痴な女性がいました。からだも痩せていて、見るからに運動なんてできないように見えました。彼女はどの練習でも一番ビリで、みんなはそんな彼女に同情しつつ、完走もきっと無理だろうと思っていました。けれども、そんな彼女こそが「必ず完走できる」というトレーナーの言葉を一番信じていた人だったのです。

レース当日、スクールのメンバーは不安で一杯でした。これまでの4か月の練習を思い出し、「自分はきっと完走できる」と言い聞かせてスタートをしました。

知人は練習の成果もあって無事に完走できました。他のメンバーも続々と完走したそうです、けれども、あの運動が苦手な彼女は、残念ながらタイムオーバーで完走できなかったのです。

その時の仲間は、このレースがきっかけになり、それからもずっとトライアスロンやフルマラソンなどに一緒に出場する良きチームとなり、もちろん完走できなかった彼女も出場を続けていきました。

とはいえ、彼女は、出場するほとんどのレースで完走できず、またはリタイヤしてしまったりして、いつも落胆してばかりでした。けれども、彼女のすごいところは、練習と学びをあきらめずに続けたことでした。

他のメンバーが、やったりやらなかったりしている中で、一番成績の良くない彼女だけが人一倍黙々と辛い練習を続けました。それでも彼女は、完走できない結果ばかり。そんな年月がしばらく続いたそうです。

なぜ彼女はそんなふうに練習を続けられたのか。それは、ひたすら「いつか自分も必ずできる」と、自分のことを信じ続けていたのです。だからこそ、練習し、学び、いつか完走することを、決してあきらめなかったのです。

そんな彼女ですが、いつしかどんなレースでも完走できるようになり、実力でも仲間たちをぐいぐいと追い抜き、今や様々なトライアスロンのレースで上位を争う存在にまでなっているそうです。体つきもアスリートのように美しくたくましくなりました。彼女の成績を知ると、誰もが「え? あの運動音痴の彼女が?」と驚くそうです。

このエピソードを聞いて、私はいたく感動しました。何事も大切なのは、自分を信じてチャレンジを続けること。最初から良い結果などでるわけがなく、けれども、いつか自分にもできると信じて、あきらめずに学び続けること。それが一番なのです。

運動音痴で、いつもビリだった彼女が得ている、現在の大きなリターンは、苦手だったスポーツにチャレンジした勇気と、できない自分をいつかできると信じ続けて、あきらめなかったことによって生まれたものなのです。

どんな世界においても、コツコツと学び続けた、あきらめなかった人が大きなリターンを手にしているのです。

新年を迎えた今、まさしく「きほん」と言える、このエピソードを、私からみなさんへの贈り物にしたいと思います。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。