豊島逸夫の手帖

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金市場の最新トレンド

2004年1月15日

今回から本欄で金についてのコメントのようなエッセイのようなものを定期的に書くことになった。インターネットの特性を生かし、思ったことを忌憚なく、気楽に書きなぐるつもりである。文体などにはあまりこだわらないから(放送禁止用語ぐらいは避ける努力をするが。)読者の皆さんも肩の力を抜いて読み流していただきたい。 筆者は、スイス銀行で貴金属トレーダーとして非常に生臭いプロの投機の世界に長く身をおいた。プロのディーラー間の取引は狐と狸の化かしあいみたいなものだ。誰かが儲ければ、誰かが沈む。長期的にはゼロサムゲームの典型である。これを長くやっていると人生観までややもすれば刹那的になりそうなので、ほどほどのところで終止符を打った。きっかけはディーリングルームで"売り"とか"買い"とか叫ぶときにドモリ始めたことだった。それをアシスタントの女性にボソッと指摘され、ハッとした。瞬間的判断がにぶりつつあると感じた。しおどきと思った。

ワールドゴールドカウンシル(WGC)という非営利の金の団体から声がかかり、金市場の長期的育成、啓蒙の仕事をすることになった。当時のWGCのボスがスイス銀行のスイス人の親分に引っこ抜きの仁義を切るために電話したとき、スイスの彼は、"ライバルの銀行に行かなくてホットしている"と言ってくれた。最大級の評価のコトバで、私の誇りともなった一言だった。

WGCに移ってからは、一転、セミナーなどでの個人投資家との接点が増えた。一般投資家とプロとの金投資の見方の違いも痛感した。プロは毎月の利益を追求して日々差益狙いのデイトレードを繰り返す。それに対し、個人は10年、20年の長期資産運用のなかで老後や息子、孫への資産継承の手段として金を見る。年度末の益出しなどの必要もないから、安いと思ったときに買い、じっくり持って、高いと思ったときに売る。これこそ、金投資の原点だと感じた。でも、一般に流れる金市場情報は、昨晩のNYが急騰したとか、今日の極東市場は急落したとか、短期のハナシばかりだ。これでは木を見て森を見ずの落とし穴に嵌ってしまう。

そのような経験から、本欄では個人投資家の視点に立ち、プロの経験を生かした金相場の見方を書いて行くつもりである。さて、前置きが長くなったが、初回の今回は今、急上昇中の金価格の今後を考えてみたい。

今回の金上昇相場は2001年9月11日に始まる。それまでは米国経済のひとり勝ち、黄金期がずっと続くと思われるほどの勢いで、米ドルを持っていれば大丈夫。有事でも金などは要らないと、政府は金売却に走っていたのが、一夜にして様子が一変した。米国経済の脆さが露呈され、ドル、株、債券、原油全てが売られ、金だけが買われ急騰した。ドラマチックな有事の金の復活劇であった。それが、ロケットの第一弾に火をつけたとすれば、第二弾ロケット点火のきっかけはイラク戦争であった。更に、ドル不安、そして中国ファクター(※)が第三、第四弾に火をつける。今や、月を目指していたロケットが火星まで行きそうな勢いではある。それというのも、市場に複合要因が日替わりメニューのように次から次へ現れ、持続性のある上昇相場となったからだが。しかもどれをとっても一過性とは言えず、構造的要因ばかりである。こういう相場展開はしぶとく続くものだ。これまでも市場は短期的乱高下を繰り返してきたが、そのたびに徐々に底値を切り上げてきた。今後も同様の展開になりそうである。400ドルをあっさり突破し、あっという間に430ドル近くまで一気に跳ねた。当然、ここで調整局面と呼ばれる上げ一服の期間に入るだろう。でも、下がったところで待ってましたとばかりに買いが入るので底値が切り上がる。買い手は宝飾メーカーなどの実需家と呼ばれる人たち。それに、最近は鉱山会社も加わる。彼らは、90年代の長期価格低迷の時期に膨大な先物売りのヤマを積み上げてしまった。もっと下がるから今の内に売っておくというヘッジ行動だが、それが一転価格が上昇に転じるや、全て裏目に出てしまったのだ。今では、ちょっとでも価格が下がると彼らがやれやれとばかりに先物売りの買戻しに入る。だから、反落といっても、価格水準がそれほど下がらない。こうなると、プロのディーラーも得意の空売りなど怖くてできたものではない。だから、NY先物市場には空前の買い残高が溜まっている。ところが、これはこれで短期的には売り要因となるので要注意である。鉱山会社の先物売りもディーラーの先物買いも共通して言えるのは早晩反対取引で手仕舞われる(チャラになる)宿命にあることだ。ゼロサムゲームなのだ。

今年の金相場のトレンドは上昇基調だが、短期的には警戒水域に入っていることも指摘しておきたい。

現在、中国では金の完全自由化プログラムが進行している。2002年に上海に金の取引所が開設され、2003年からは個人の金投資も段階的に自由化されつつある。公的金準備もこのところ毎年100トン程度上積みされている。国内の人民元建て金価格とドル建て国際金価格の完全連動が最終課題として残されては いるが、今後、同国の金需要が飛躍的に増加することが予想されている。このことを金市場では中国ファクターと呼んで注目している。
2004年