豊島逸夫の手帖

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400ドル割れ、急落

2004年1月30日

前回の最後に短期的には警戒水域としたが、それが早くも現実のものとなった。 1月28日から29日にかけての24時間で16ドルもの急落を演じたのである。28日のNY引け値は414.50ドル。29日の引け値は398.50ドル。目先の強い下値抵抗線と見られた400ドルをもあっさり割り込んだ。

理由は for a considerable period という英語のひとこと。この文言が、ある公式文書に入れられなかったことが世界の金融市場にショックを与えた。

文書に入れられなかったことが世界の金融市場にショックを与えた。

直訳すれば、当分の間というほどの意味である。

当分の間、利上げはしないよ、と米国金融当局はある公式文書にこれまで繰り返し述べてきた。文書はFOMC(※)と呼ばれる金融当局者の会合の定期報告書である。 それが、昨日発表された同文書には抜けていた。ただ、それだけのことである。けれども、その意味あいは今後の金融政策の舵取りの大きな変化を示唆した。すくなくとも示唆すると世界の市場関係者は理解した。

要は、ハイテクバブルの崩壊という重症に病んだ米国経済の回復ぶりを見て、医者流に言えば、もう薬は要らないでしょう、との診断が下ったわけだ。その薬は、低金利政策。

これまでの金融市場はドル金利が低い状態がfor a considerable period 継続するという前提で、ドルが売られ、株は買われ、債券も買われてきた。ドルは売られ、ユーロは買われ、そして金も買われてきた。その金にとって高金利は天敵である。金の資産としての最大の欠点は金利がつかないこと。だから、金利が上がれば、金の相対的魅力は弱まる。これまでの金価格上昇の推進力であったドル安の流れが変わればなおさらである。

これまで先物市場で金を投機的に買い上げてきた投資家は一斉に売り手仕舞いに走った。このFOMC文書が発表されたのが、28日のNY金市場引け直後。その日は、「日本の財務省 金購入検討」の報で5ドル上げて414.50ドルで引けていたが、あっという間に408ドルまで6ドル急落した。後は、シドニー、東京、ロンドン、そしてNYとほぼ一本調子の下げ。大台が24時間でこれほどまでにばっさり突き破られると、市場のセンチメント(=ムード)はかなり変わる。

先物市場にはかなりの量の400ドル以上の買いが置き去りにされた。これまで連戦連勝だった買い方の勢いも鈍る。ところが、現物市場はこれから大賑わいとなる。これまで、高値に手が出なかった実需筋、長期資産としての金現物購入などがどっと出てくることは間違いない。日本でも来週の貴金属店の店頭は大賑わいとなろう。(個人投資家の出動はNY市場に比し3日ほどのタイムラグがある。)これまでは、先物買いが相場を支配したが、これからは現物の買いが相場を支える。390ドル台は2ヶ月振りなので世界的にかなり現物需要は溜まっているはずだ。

円建ての金価格も急落となる。ドル円は106円を挟み、殆ど動いていない。105円に本格突入したところで、案の定当局の大規模な介入があったからだ。だから、逆に今回のFOMC文書のようなドル金利上昇=ドル買い、円売りの材料が出ても、円は売られない。当局により人為的に円高が抑えられてきたので、円に限っては未だ割安感が抜けないからだ。一方、ユーロ買いフィーバーが沈静化してきたところに今回のFOMC文書が発表されたので、ユーロの対ドル相場は当面下値模索となろう。

金相場も本格調整局面となる。円高基調のなかで国際金価格が下がったので、国内ではかなりの割安感が出るだろう。円高、海外金安というダブルの組み合わせは最近の流れのなかではそう長続きしない。

なお、これで、ドル安の流れが長期的に転換したわけではないことは強調しておこう。フローの米国経済が好転しても、ストックの双子の赤字が解消する見込みがついたわけではないからだ。いくらはぶりが良くても、それが巨額の借金のうえに成り立っている限りは、早晩ツケが廻ってくる。長期投資のスタンスをとる個人投資家はそこまで見込んだ上で動く必要があろう。

米連邦公開市場委員会のこと。FRB(米国連邦準備制度理事会)のもとで、短期金利政策や公開市場操作(通貨供給量の調整等)を担当している。FOMC会議は、年に8回、ほぼ6週間に1回の割合でワシントンにおいて開催され、その都度、短期金利政策に変更があるかないかを巡って各方面から強い関心が集まるイベントとなっている。
 
2004年