豊島逸夫の手帖

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スーパーチューズディーの後で

2004年3月4日

米大統領選は共和党ブッシュ対民主党ケリーの戦いになった。昨日から両候補の経済政策提言を吟味してみたが、気になることは、財政赤字(未曾有の5210億ドルに達すると見込まれ、その予測値が、毎月のように増えている)と経常赤字の所謂双子の赤字に対する処方箋が語られていないことだ。それどころか、ブッシュは更に財政赤字を増やす気でいる。つまり、彼の景気回復の切り札である大規模減税措置を当初の期限付きから無期限に延長すると言う。財政赤字が増えても、最後はドル札刷って返済すればなんとかなる、という魂胆が丸見えである。また、そこまで言わないと、ケリーに負けるという切迫感がある。これが、大統領選挙年の怖いところで、減税という麻酔を大量に投与して、後年残るであろう後遺症(=インフレ)にはお構いなしとなる。トランプのババ抜きのようなもので、最後までドル札を信じて持ちつづける人が貧乏くじを引く。

英国エコノミスト誌の今週号では、この点を憂いて、ドル安の根本問題もドルという紙幣に対する不信感であると位置付けている。"Trouble with paper money"(ペーパーマネーの問題点)と題する記事に語られていることを要約すると、こうなる。まず、ニクソンショックでドル札が金と換えられなくなって以来、完全なペーパーマネーになった。今や、ドル札の価値の裏付けは発行元の政府の公約だけである。米国政府が経済を首尾よく切り盛りしてドル札の価値を守ります、という公約である。

そのドル札発行元としての米国政府の公約に対する信用が大きく揺らいでいることが、今のドル安の大きな原因であるとする。金価格が上がっていることも、その信頼の揺らぎを表わしているという。従って、単なる相場のドル安というより、紙幣そのものに対する懐疑感という通貨制度に対する不信感の表れなので根が深いということだ。 まぁ、この手の議論は格別目新しいものではないが、英国を代表する経済誌にそのような論調が目立つようになってきたことが、時代の大きな流れを予感させる。 更に、ドル安の根底には、米国民の借金というものに対する無神経とも言える抵抗感の欠如もあろう。

上述のようにブッシュも国の借金に無神経であるが、個人のレベルでも同様の現象が見られる。例えば、株が上がると、すぐに気が大きくなって、クレジットカードで消費に走る。更に、不動産価格が上がれば、その分担保に借金してモノを買いまくる。過剰消費体質と云われる国民的特性を利用して、グリーンスパンさん率いるFRBは、ドル札をどんどん刷っておカネをばら撒き、金利を下げて、株価や不動産価格を刺激してきた。おかげで米国は目覚しい景気回復を見せた。

しかし、怖いことは、株も不動産も刺激されるとどうしてもバブル化しやすいことだ。ほどほどでは、なかなか終わらない。どうしても、行き過ぎ、過熱しがちだ。そこで大きな問題は、我々日本人がバブル崩壊でいやというほど懲りたことだが、バブルはじけた後である。株や不動産の価値が減ることはあっても、借金は減らない。

そこで、同エコノミスト誌は、"A phoney recovery"(偽の景気回復)と題する別の記事を載せている。曰く、麻薬常習者が"ハイ"になるが、それは一時の気分高揚にすぎない。米経済も、借金と資産インフレの麻薬に毒されている。 同誌は、大西洋を挟んで米国経済の実態を冷静に看破することで定評がある。米国ビジネスウイーク誌が、米国寄りのスタンスで、借金重ねても景気が良くなれば返済できる、借金そのものが悪いわけではない と擁護にまわりがちなことと対照的である。英国の論調は、外国人投資家が米国を見る目を代弁している。その目は、直近のドル反騰にも関わらず、非常に懐疑的である。

2004年