豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. プーチン金準備増強発言
Page063

プーチン金準備増強発言

2005年11月24日

ちょうど一年前の本欄で書いたことが、現実になってきた。少し長いが以下に引用させていただく。

Page 025 「中国のドル資産減らし、金準備増強の可能性」
2004年11月29日
先週後半から外為市場では、各国の公的外貨準備としてのドルを売却して減らす動きがしきりに伝えられている。そこで金市場の注目点は、その一部が金へのシフトになって現れるか、ということである。

(中略)
以上のドル売り劇場シンドロームのなかで、中国、ロシアは特に今後金準備増強に動く可能性が充分あると筆者は見ている。その理由は簡単。両国とも経済安全保障の観点からドル、ユーロ、円のいずれの傘下にはいることも潔しとしないからである。そこで、無国籍通貨というかナショナリズムの匂いのしない通貨として金を選択する可能性があるのだ。

(中略)
以前、ユーロの理論的提唱者でノーベル経済賞受賞のコロンビア大学マンデル教授が、地域経済圏の話のなかで同様の可能性に言及し、その当時としては、やや非現実的と見られた金価格600ドル説を打ち出したことがある。数年後の現在、600ドルという数字を"非現実的"と捨て置くわけにもゆかなくなって来たようだ。

インターファックス通信は、プーチン大統領が、ロシア金準備増強に具体的に言及したことを伝えているのだ。先日、同国中央銀行の首脳も同様の発言をしている。

ロシアといえば、旧ソ連の90年代初めに2000トン以上の公的保有金を売却して金相場長期下落のきっかけを作った。"トイレットペーパー輸入のための外貨稼ぎ"と言われたものだ。いわば、経済有事の際の金の効用を身をもって体験したわけで、それゆえ、懐具合が良くなった今、少しでも余裕ができたら金を再備蓄しておこうと考えても当然ではある。

一年前に筆者が書いた時点からマクロ市場環境は大きく変化した。原油高騰が加速し、外為市場ではドル高が支配している。

原油高騰については、ロシアはそのおかげで、マクロ経済好調。同国が金増強に動けば、オイルマネーによる金購入の一パターンとも理解できよう。

外為市場におけるドル高については、たしかに、対外準備資産の運用も戦術的運用において、ドル買いによる金利稼ぎオペが見られる。しかしながら、戦略的運用となると、引き続き、ドル離れ現象が根強い。長期的には、ドル経済圏からの独立、経済安全保障維持という戦略の優先順位は、投資リターンという短期的(戦術的)メリットを上回る。

金というナショナリズムの匂いのしない無国籍通貨の国家的蓄積を、中国は既に今世紀に入り、400トンから600トンへ増やした。そして、ロシア。次は、イスラム諸国であろう。原油高騰による所得移転効果が、ドルからの分散を加速化させていることは間違いない。

ノーベル経済学者マンデル教授は、2010年までに600ドルという予測を金価格250ドルの時代に打ち出した。さすがに、ユーロ構想の提唱者としてノーベル賞に選ばれただけの先見性がある、と今更のように思わざるにはいられない。彼のユーロ構想は、持論である最適通貨地域構想(Optimum Currency Area)の応用であった。筆者が大学で国際経済学を学んだ頃から注目されていた理論である。

21世紀の現在、世界は正に、ドル圏、ユーロ圏に分かれた。次に来るのは、理論的には、円、人民元などのアジア通貨圏である。そのような構想も出て来ているが、どうみても、日本、中国、韓国が同一通貨を共有する可能性が現実的とは思えない。一方、イスラム圏では、マハティール元マレーシア首相が、同圏内での貿易決済に金を使う構想を数年前から打ち出している。そして、ルーブルは?どこかの通貨圏の傘下に下るのか?或いは独自路線を歩むのか。そうであれば、通貨の価値の裏づけとしての金は必需品である。

筆者は金本位制復帰論には全く組みしないが、対外準備資産の一選択肢として金が浮上しつつあることは事実である。欧州諸国がワシントン協定により年間500トンずつという"秩序ある"金売却を進めている間に、原油高騰そして貿易不均衡による所得移転に潤う中東、アジア、ロシアは金増強を進める。金は西から東への"民族大移動"を始めた。金には、動物的臭覚を持って、カネのあるところを嗅ぎわけ、群れる習性があるようだ。

2005年