豊島逸夫の手帖

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初心者向け・有事の金について

2006年7月6日

北朝鮮ミサイル発射後、金価格はセオリー通り買われ、本稿執筆時点(7月6日朝7時)で627ドルまで上がっています。

一時はヘッジファンドの決算売りで500ドル台まで下げていた金価格ですが、先週のFOMC利上げ幅が0.25%に留まり、市場には利上げ打ち止め感が強まるなかで600ドル台を回復した矢先のミサイル騒動です。

イラク、イラン、パレスチナ、そして北朝鮮と所謂地政学的リスクが拡大したことが、結果として600ドル台定着を促進させることになりそうです。案の定、昨日から、すわ"有事の金"かと、金市場周辺もまたぞろ騒がしくなりました。

相変わらず誤解も多いので、本欄では繰り返し述べてきたことですが、あらためて"有事の金"とは何なのか初心者向けに説明したいと思います。

そもそもは米ソ冷戦の頃、核戦争の脅威に対して備えるという意味で"有事の金買い"という言葉が使われ始めました。その後、ベルリンの壁が崩れ、米ソ緊張緩和のなかでは、有事の金などは過去のモノとされ、有事にはドルで足りるという考えも(特に90年代には)支配的になります。

しかし、それを一夜にして覆したでき事が2001年9月11日米国同時多発テロでした。あの事件の直後、ドル、株、原油など殆どの市場が暴落するなかで金だけが急騰したのです。有事の金の復活と言われました。その後、イラク戦争、イラン核疑惑、そしてパレスチナ情勢緊迫など中東関連の要因、そして今回の北朝鮮のミサイル発射と、立て続けに"有事の金買い"を連想させるでき事が起こり、金市場もその度に反応してきました。

そもそも"有事の金"という考えは、株や債券が大幅に目減りする(最悪紙くずになる)ような状況では、独自の稀少価値を持つ実物資産のなかで、いつでも売買できる金が頼りになるという発想です。

しかし、一般個人投資家が注意せねばならないのは、"有事の金"を囃して投機的な買いを仕掛ける動きが、特に先物市場のプロの間に見られることです。イラク戦争勃発のときは、開戦3ヶ月前から戦争必至と見たプロが大量の買いを仕掛け、いざ開戦と同時に一斉に利益確定の売りに走りました。"噂で買って、ニュースで売れ"という相場の格言を地で行った展開でした。

可哀相だったのは、すわ開戦、有事には金だと踊らされ買いに走った一般個人投資家です。この一件の教訓として言えることは、有事が起きてから有事に備えて金を買っても遅いということです。先物市場の"有事の金買い"は打ち上げ花火みたいに派手ですが、一過性に終わります。逆に、有事が起きたら、それを利益確定の売りの機会と見るほうが良いでしょう。平時からこつこつ金を買い持って、有事に役立てるというのが本来の発想なのですから。

但し、誤解しないでほしいのですが、だからといって、今回の北朝鮮のミサイル発射により金価格がピークを打つことにはなりません。今の金価格長期上昇トレンドを作り出している要因は少なくとも7つあり(7つの複合構造要因)(※)、"有事の金"というのはその一つに過ぎないからです。

とここまで書いたところで、新幹線の出発時刻が迫りました。とにかくこれまで日本人にとっていまいちピンとこなかった有事の金が、北朝鮮のミサイル発射で、かなり身近に感じられるようになったことは事実でしょう。


7つの複合構造要因

金価格が上がっている7つの理由。

1.原油高とインフレ懸念
70年代に二度のオイルショックを経たインフレ基調で金価格は高騰。史上最高値を記録しました。その連想から、原油など天然資源価格が上昇するいま、インフレヘッジとして金が注目されています。

2.有事の金
いまだ不透明なイラク情勢に加え、新たにイランの核保有問題、そしてパレスチナ問題が深刻化。中東地域における地政学的リスク(火種)がますます高まり「有事の金」人気が加速しています。

3.ドルからユーロ、金へ
米国の「双子の赤字」という構造問題への懸念から、世界的に投資マネーのドル離れが進行中です。まずユーロへの分散シフトを経て、現在では日本株、そして金への運用が拡大しています。

4.アジアと中東のマネー
中国とインドは歴史的にも文化的にも金選好度が高いことで知られています。また原油高で潤った中東のオイルマネーも金へのシフトを開始。世界的に金需要の伸びが見込まれています。

5.中央銀行の金購入
90年代は欧州中央銀行の金売却が金価格を押し下げました。しかし現在では、対外準備資産として金が再評価され、ロシア、中国などの国々で金購入の可能性が指摘されています。

6.信用リスクの増大と金
日本ではライブドア事件が「紙の資産」の信用リスクを顕在化させました。米国ではGMの経営不安や住宅バブル崩壊が危惧されています。「実物資産」である金への回帰が起きています。

7.年金基金の参入
金の現物に投資するETF(上場投資信託)が開発され、長期運用を旨とする欧米の年金基金などが積極的に金購入に動いています。運用資産のリスクヘッジとして金が選択されているのです。
 
2006年