豊島逸夫の手帖

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ディレバレッジ(レバレッジの縮小現象)

2008年3月21日

昨日(20日)相場急変のため緊急に書いた原稿の今日は続編。今週の欧米市場は、イースター連休入りで、すでにお終り。現地日曜夜のFRBべアースターンズ緊急支援策発表に始まり、Longest short week(連休で短い1週間だが、長ーく感じられた1週間)であった。

次から次へ矢継ぎ早のFRB緊急流動性対策発表に金融危機も、最悪期を脱したとの見方も出始め、昨日(20日)のNY金融株は大幅反発。一日でJPモルガン24%、シティー13%など急騰。べアースターンズ株にも14%高の6ドルの値がついている。JPモルガン提示の買収価格一株2ドルは、日曜夜に"これを受けなければ月曜朝に破産"と最後通告を突きつけられた状況で、飲まざるを得なかった数字。昨日は、JPモルガンが"ベアースターンズに留まる優秀なスタッフにはボーナス支給"と発表。なにやらアイスホッケーでペナルティーゾーンに入れられたプレーヤーがゲームに再参入してきた感じ。べアースターンズ関係者からは、"FRBが1週間早く新流動性対策を発表していてくれれば破たんには至らなかっただろうに"とのボヤキも。

そのFRBは昨日も新たな流動性対策発表。その骨子は国債とのスワップの対象担保債券銘柄拡大(CMOS、CMBSも対象に追加)、さらに実施時期を早め3月28日に第一回として200億ドルの枠の中から75億ドル相当の国債をスワップする。その後、毎週一回のペースで継続とのこと。なお、日曜夜発表された第一弾緊急流動性対策の実施状況も明らかに。証券大手(固有名詞は公表されず)によるFRB国債スワップ実行額は28億ドルに達した。さらにべアースターンズへは12億ドルの緊急支援がなされた。しかし、JPモルガンにべアースターンズ買収の見返りとして提示された30億ドルのスワップ枠はまだ実行されず。(つまりべアースターンズの今後の詳細はまだ定まらずということ)。

今回の一連のFRBの動きは、ヘリコプターベン(ヘリコプターからドル札をばらまくベンちゃん)と呼ばれたバーナンキの真骨頂か。なにせ、彼の学者としての論文の得意分野は"大恐慌時代の金融政策"だったそうだ。問題は、ベンちゃんがばら撒いたドル札が、過剰流動性としてマーケットの底流にマグマの如く沈澱することなのだが...。今回の対策も時限措置とはいえ、住宅担保債券保有のリスクをFRBが抱え込むわけだしね。

さて、マーケットのセンチメントが若干好転したことで、ドルショート(売り持ち)、金融株ショート、商品ロング(買い持ち)のポジションで臨んでいたヘッジファンドの運用指針にも巻き戻しが起こっている。ドルはとくに対ユーロで1.54まで反騰(それでも1.50台)。ドル円は"円安"に振れた(それでも99円)。原油は101ドルまで急落(それでも100ドル台)。そして金は910ドル(それでも900ドル台)。
どうもこれだけ乱気流に巻き込まれた飛行機に乗っていると高度感覚が麻痺してくるから怖いものだ。

マーケットのボラティリティーがここまで高まると、ファンドのリスク回避の動きも顕在化。キャッシュポジションの残高が歴史的水準という。それだけ買い持たれていた商品が売り手仕舞いされた結果でもある。さらに、いつまでもキャッシュを持っていてはファンドの商売もあがったりだから、早晩、株に債券にドルに商品に、新規分散運用を再開することも必定。これ過剰流動性時代の宿命。

金市場へのファンド参入も"安全資産への逃避"と言われながらも数倍から数十倍のレバレッジをかけて投機的買いを入れていたわけで、とても"安全"な運用方法とは思えず。その巻き戻し=ディレバレッジが進行中なのだ。

今後の金市場の動向だが、1-3月期は極端な買い手控えに徹したインドが安値で待ってましたとばかりに買いに入ることは必定。年間少なくも600トンの実需を抱える国が、この3カ月で30トンほどしか買っていないのだから。

金ETF経由の長期保有(年金など)も同様。ファンドが売ったところに買いを入れるのは彼らの常套手段である。他方では、ファンドが買い手仕舞いから新規空売り(ショート)に転じる可能性もある。急激な価格下落に逃げ切れなかった先物買い投機家たちが、戻し局面で"やれやれ"と損切りの売りを入れてくることもあり、反騰してもとりあえずは頭を叩かれる地合い。イースター直後は、これまでとは逆の先物売り、現物買いパターンで値を固める展開か。

個人投資家は冷静に流れを見よう。論調が"もう株はダメで商品しかない"というような極論から、"これで商品への資金流入は終わった"というような極論に振れがちだから。

2008年