豊島逸夫の手帖

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泣きっ面に蜂のインド経済

2008年12月1日

米国は先週、感謝祭休暇。日本でも知名度の高い金の欧米アナリスト氏2名から音信不通なので訝っていたら、一人はケニヤでサファリ休暇2週間、もうひとりは、なんと1ヶ月休暇中。やっぱり日本人は働きすぎだと自覚して、筆者も一方的に"仕事おさめ"宣言したものの、冷たく無視され、新たな仕事が増えるばかり。ややフテ気味になって、ブログの更新に必要なアドレナリンも出なかった。

その間に起こったインドの同時テロ。なんともタイミングの悪い時期(テロリストにとっては効果的な時期)に勃発した。2006年のムンバイ通勤列車テロとはワケが違う。欧米要人が必ず宿泊する超一流ホテルを狙ったことで、外資流入に依存する構造のインド経済に与える心理的影響は計り知れない。

インド経済については、セミナーや本欄などでも"黄信号"と要注意リストに挙げてきたほどに、ファンダメンタルズには不安材料が多い。英国から植えつけられた議会民主主義は、複雑な社会階層、宗教的構成からなる同国では、単なる派閥争いを激化させるだけの結果となった。インド経済に最も必要な構造改革に対するコンセンサスが議会でまとまらず、否決ばかり。それゆえ、空港、高速道路、電力等々の社会インフラが、中国に比べても大きく遅れている。トップダウンで即決まる中国に対して、とにかく全てに後手後手に回る。

そして、金融的にはマクロで国内貯蓄が少ないので、外資頼みの資本構造。その外資の多くはホットマネーで、汐のように満ちては引きを繰り返す。Sensex(インド株指数)が年初から66%も暴落して、資本逃避が大量に生じた。

振り返れば、一時のインド投資ブームで集中豪雨的に流入したマネーが、インド国内では資産インフレを引き起こし、国全体をユーフォリア(楽観論)が支配した。インド国内経済の構造が改革されたかのような前途明るいムードは、しかし幻想であった。

国際収支は悪化し、通貨ルピーも下落の一途。産業構造も、コンピューター関連のソフトウエアとか欧米企業からの事業委託(アウトソーシング)などが核となり、重厚な産業が育っていない。人口10億の国を養うには、やはり中国型の大型製造業という成長エンジンの絶対的パワーが必要だ。しかし、その育成には経済のインフラ構築が大前提となる。GDP成長率も8%台から6%台へ。ルピーは24%の下落。

そのような基礎的条件の中で今回のテロが起こったわけだ。疑いをかけられたパキスタンはインド国境へ軍隊増強の姿勢。なにやらきな臭くなってきた。インドパキスタンの地政学的リスクが高まりそうな成り行きだ。国内のヒンズーとイスラムの宗教的軋轢も悪化は必至。当然、生命線の外国資本の海外逃避は加速しよう。

金にとって、インドは押しも押されもせぬ世界第一位の金消費国。先週のムンバイ市場は機能停止状態であったが、今後の国内需要に対して、今回の事件が少なくともプラスに働くことは考えにくい。国際収支が悪化すると、過去にも例があるのだが、インド政府は金輸入停止に踏み切る可能性もある。(まぁ、その場合でもドバイ経由の密輸ルートでモノは流れるのだけどね。)

さて、足元の金価格は、米国雇用統計など重要データ発表の今週に、800ドルの真価が正に試されよう。

2008年