豊島逸夫の手帖

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"金を通して世界を読む"緊急増刷決定―"まえがき"公開

2008年12月22日

発売4日目で早くも増刷となりました。とはいえ、書店への納品は正月明けとなります。なお、ここに、この本の前書きを公開します。

はじめに

金は世界情勢を映す鏡のようなものだ。グローバルな経済・政治の動きが凝縮され、詰まっている。だから、その中に身を置くと、市場の潮流が肌で感じられる。
 
ひとつ実例をあげよう。「サブプライム」という当初は米国人でも耳慣れない新語も、2007年2月時点ですでにニューヨーク金市場においては今後の要注意問題として注目されていた。マーケット全体に信用不安が高まると安全性を求める資金がまず金市場に流入を始めるので、サブプライム問題についても他市場より敏感に潮目の変化を感じ取ったのだ。
 
当時、エコノミストの間では楽観論が支配的であったが、筆者はそのときのコラム(日経マネーのホームページに掲載)で、この新語を使って米国住宅市場の異変について述べた。
 
筆者は、その金の世界でこれまで32年間を過ごしてきた。前半は、業界の川中に位置するスイス銀行のゴールド・ディーラーとして金の国際的売買の仲介業務に従事した。生産国の南アフリカ(南ア)やロシアから金を買い、アジアや中東に売り、また投機的売買にも関わってきた。そして、後半は非営利の金の国際機関で働き、金に関する調査研究、市場育成の仕事に明け暮れるなかで、川上の鉱山会社やリサイクル業者、そして川下の個人、機関投資家から宝飾店、さらに大量の金を保有する中央銀行などの実態をくまなく見てきた。ニューヨークの金取引所のフロアを取引員として走り回り、南アの金鉱山では地下3000メートルまで潜り、上海ではセミナー講演を通じて「熱銭=ホットマネー」を動かす中国人投資家たちと直接対話することもあった。

そこでこの本では、自らの実際の体験を元に、まず、金の世界から見ると世の中の景色はどう見えるかを書いてみた。例えば、金の裏付けのない米ドルの価値は、ひょっとして人間の「思い込み」でなり立っているのではないかと感じる。ドル発券国・米国の外貨準備に占める金の比率は8割を超すが、中国、日本は1%程度にすぎず、その代わりに巨額の米ドルを保有している。それでは、
ドイツやフランスはどうかと見れば、やはり外貨準備の5割以上を金で保有している。こうなると、せっせと外貨を稼いできたアジア諸国が、価値の下がった米ドルを持つことで、実は貧乏くじを引いているように思えてくるのだ。
 
また、金融危機の後で、金貨や金地金が品薄になるほど世界の個人投資家に買われたのに対し、ヘッジファンドはリスク資産圧縮の一環として先物の金を売りに走った。個人はリスク分散(ヘッジ)に動き、プロはリスクから逃避する。サブプライム危機は投資家にリスクの重みを再認識させるキッカケになったのだと痛感する。
 
さらに、長らく世界最大の金の生産国として君臨した南アが2007年にその座を中国に譲り渡した事実は示唆に富む。中国が資源大国としての存在感を強めている一方で、人種隔離政策を廃した南アは白人の頭脳流出が相次いで経営陣が弱体化し、基幹産業の金生産が長期的な下落傾向に陥った。人種問題の難しさを改めて考えさせられるのだ。
 
そして我が日本の民間では金が高騰するや、リサイクルが急増し、一転、金の輸出国となった。「金はカネのある国に集まる」といわれるが、金を蓄積せずに海外に放出していくということは、日本の国力低下の象徴的な出来事として映る。
 
このように、様々な具体的エピソードを本書には盛り込んでみた。
 
さらに、外からは分かりづらい金市場の実態についても、色々なプレーヤーたちの実像や、国ごとの特徴などをまとめた。デリバティブ(金融派生商品)などの特殊な用語については、できる限り分かりやすい説明も加えた。
 
ただ、筆者としては細部にかかわらず、まずbig picture(俯瞰図)を皆さんに描いていただきたいと思う。その意味で、どの章から読み始めても入っていけるように書いたつもりである。

Welcome to the world of GOLD !
金の世界へようこそ。
2008年11月
                             

豊島 逸夫

2008年