豊島逸夫の手帖

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オバマへのご祝儀相場とは?

2009年1月20日

世界中でオバマ歓迎ムードが高まっているが、それほどに皆がチェンジを望むなら、それ相当の"痛み"も分かち合う覚悟が必要だ。ワーク シェアリングならぬ、ペイン(痛み)シェアリングの精神を各国国民が共有し、どこまでその痛みに耐えうるかに、オバマの真のチャレンジがあると考えている。

その痛みとは、ずばり、ドーハラウンドを受け入れ、自由貿易を実現させることだ。自国産業保護のための関税をどこまで撤廃できるか。"自由貿易"という言葉の真の意味合いは、各国が自国の"得意技"部門に特化し、"不得手"部門は敢えて他国に譲るという互恵の精神にある。

自動車産業は、最早、米国の"得意技"ではない。バイオなどの知識、情報集約型の先端産業こそ、これからの米国の"得意技"である。日本についても同様のことが言える。そこで、国内の自動車部門に生じた失業は時間差を伴うが、やがては先端産業に吸収される、というのが自由貿易のメリットだ。

一方、先進国で"不得意部門"になった産業は、新興国の"得意技"となる。新興国に自動車産業が育てば、雇用を生み、新興国の内需も健全な形で増加する。そうなれば、メイド イン アメリカの製品を買う余裕も出ようというもの。

国際経済学では、これを"比較優位の原則"と言う。貿易とは、比較優位を持つ製品を製造輸出し、比較劣位の産業は比較優位を持つ国々に譲ることにより、世界全体の経済水準が上昇するという基礎的理論である。

ここまで書くと、"それは理想論で 現実は そう簡単ではない"という声が聞こえてくる。確かに、自動車会社をクビになったからといって、速やかにバイオ企業に仕事の口が見つかるかと言えば、そうタイミング良く物事が回転するはずもない。ここが正に"痛み"なのだ。しかし、同じ痛みでも、治る見込みのない病の痛みと、我慢すれば良くなる病の痛みがある。自由貿易実現のための痛みは、これを我慢すれば、確実に良くなるというタイプの痛みである。 

もう一つ、民族的な問題も指摘しておこう。

米国経済のダイナミズムの根源は、"フロリダがダメなら一家揃ってNYに引越し新たな職場を探す"という労働力のmobility(移動性)があることだ。対して、欧州や日本の国民は、自国あるいは故郷を離れ異国の地に職を求める、ということに非常な心理的抵抗を感じてしまう。EU圏内で、ヒトの移動が自由になっても、実際には各国民が自国を離れたがらない。日本人は、そういう国境を跨ぐ労働者の移動がもっと苦手な国であろう。ゆえに自由貿易のハードルは高い。でも、高いからこそ、オバマのような国際的カリスマ性を持つ大統領の出番なのだと思う。この人の言うことならついてゆける、というほどの信頼感を世界の国民がオバマに感じれば、世界同時不況も互恵の精神で乗り切れるはずだ。

なお、筆者が、なぜそこまでドーハラウンドにこだわるのかと言えば、貿易政策以外の政策手段は、もっとやっかいな合併症とか後遺症という慢性の痛みを伴うからだ。このほうがタチが悪い。例えば、大型財政出動とかゼロ金利政策というのは、インフレという、やっかいな合併症が生じることが見えている。財政政策とか金融政策に比し、貿易政策のほうが、一時の手術の痛みに耐えれば、あとは後遺症なしに健康体を回復できる、という意味で優れていると思うのだ。

最後にオバマと金価格の影響について見ると、一言で言って、オバマが首尾良く経済復興を成し遂げれば、ヘッジ資産としての金の出番はないから下げ。オバマが経済運営の舵取りを過てば、インフレヘッジなどの資産保全のために"金"にお声がかかってしまう局面が増える、ということに尽きよう。

オバマ就任直後に金価格が下がることが、マーケットのオバマへの最大のご祝儀と言えようか(笑)。

2009年