豊島逸夫の手帖

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米国債の最後の引き受け先はどこ?

2009年1月29日

今朝は眠い。早朝(日本時間朝4時すぎ)のFOMC声明文発表が気になって起きてしまった。筆者が最も興味があった部分は、長期国債買い入れについて、どの程度踏み込んだ言い回しになるか、というポイントであった。

結果的には、声明文で"prepared to=そうする準備がある"と、前回より積極的な表現に変わっていた。これは、今後、中長期的な米国経済動向に非常に重要なポイントになると思う。

改めて、マクロ経済そしてグルーバルなマネーの流れの観点から、この点を吟味してみよう。

―オバマ政権は、景気浮揚のための大型財政出動、そして金融安定化のための銀行への資本投入などで巨額の公的資金が必要である。

―それを長期国債発行により調達するわけだが、これまではチャイナマネー、オイルマネー、ジャパンマネー、そして年金マネーなどが、安定した運用先として大量購入していてくれた。

―さらに、民間の投資マネーも、金融危機が悪化するなかで"比較的安全"とされる米国債に、"質への逃避"という形で流入した。

―その結果、10年もの米国債で、利回りが2%台という水準にまで低下した。米国は、世界中のマネーが流入してくれたおかげで超低金利の資金調達が出来たわけだ。

―しかし、これらのマネーが果たして"安定株主"として米国債を買い続け、保有し続けてくれるか、全く保証はない。ドル安が進行すれば為替差損を嫌って米国債を投げ売りするかもしれない。今でこそデフレ懸念がマーケットを支配しているが、こういうマーケットのムードは急激にインフレ懸念へ変化することがある。昨年前半から後半にかけてのインフレからデフレへの180度転換の全く逆のケースだってあり得るわけだ。そうなればインフレに最も弱い投資媒体が債券ということになり、米国債は売られやすくなる。

―そこで、FRBが"最後の資金の出し手"(lender of last resort)として米国債の買い手になる、つまり自分の借金証文を誰も引き受けてくれなければ自分で買い取るという、(経済学的に見れば)禁じ手が検討されているわけだ。自分で買い取るための資金はどうするのかといえば、FRBが自ら輪転機を廻してドル札を刷ることになる。つまり、通貨増発による(マネタリー)インフレという後遺症覚悟の"禁じ手"に頼るほかに方法はないというわけだ。

―それでもデフレスパイラルに陥るよりはマシという政策判断とも言える。

―もし、FRBが米国債を買い取らなければどうなるか。本欄でしばしば出てくる"劇場のシンドローム"現象が米国債市場で起きる。例えば、年金マネーが米国債の急落を嫌って保有債券の売却を始めると、チャイナマネーもオイルマネーも我先にと非常出口に殺到する。米国債の価格が急落するということは、米ドル建ての利回り=長期金利が急騰するということである。住宅ローン金利も当然急騰し、米国不動産市場の差し押さえは急増。金融危機はさらに悪化してしまう。金利上昇は米国景気にも当然冷や水を浴びせる結果となる。

―ただし、この"米国債バブルが弾ける"という現象でグローバルなおカネの流れが正常化する、という議論もある。現状では世界中のマネーが安全性を求めて米国債に集中流入している結果、本当に生き残りのためのおカネが必要な新興国とかEU圏の諸国に回らないのだ。これはエコノミスト的に言えば、"クラウディング アウト"と呼ばれる現象だ。この経済用語は通常、財政赤字が累積した国で、民間のおカネが公的部門に吸い上げられ、民間部門には流通するマネーがなくなってしまうような状態を指す。それと似たような現象が、グローバル経済という舞台で起こっているわけだ。米国がおカネを吸い上げ、他の国々におカネが廻らない。それが、米国債バブルが弾けることにより解消される、というわけだ。こと米国債に関しては、バブル弾けて悪いことばかりではないよ、という議論である。いま開催されているダボス会議でも、世銀総裁がクラウディング アウトという言葉を使っていた。

さて、これから2009年の半ばから後半にかけて、この問題がどのように展開するか。筆者はかねてから述べているように、マネタリーインフレが顕在化して、いずれ金価格を押し上げる材料となると読んでいるわけだ。ただし、足元の金市場は仕手戦の様相で要警戒である。

筆者の良き後輩、スタンダードバンクの池水氏は、"ブルース レポート"という仲間内限定のレポートで、以下のことを述べている。
(以下、本人の許可を得て転載)
「Comex Gold Option Expiry」
Comex GoldのExpiryは4th business day prior to the underling future's delivery dateということで、Feb Contractは二月になる四営業日前、つまり27日のニューヨーク時間の午後4時半までにbuyerがexercise を伝えるということになっています。 そのときの相場がStrike price近辺にあると、それをめぐっていろいろと思惑で動くということになりスリリングなマーケットになりがちです。特に昨日のようにほぼat market(その時点でのマーケットのレベル)である900ドルをstrike priceにしたoptionが5000 lotsも残高として残っているとそうなりやすいですね。Comexのoption 残高とExpiryはいつも注意してみているほうがよいですね。(引用終わり)

専門的な話になるけれど 筆者の著書90ページ以降で、"投機マネーの実態、 オプション取引で荒れる相場 リスクをプロが肩代わりする仕組み"の項で詳述した現象が900ドル近辺で起こっているのだ。

結局、オプションという仕組みは、素人の投資家のリスクが限定される代わりに、プロが無限のリスクを負うことになるわけだ。著書では昨年春の1000ドル近辺で生じた実例を引き合いに出したが、今回、再び900ドルの大台攻防の過程で起こったことになる。

なお、今月に入ってからの金ETF残高の急増は年金買いに拠るところが大きいが、年金は巨額の米国債保有者でもある。米国債の潜在的問題を一番身近に認識している人たちが、"質への逃避マネーの受け皿"の一番手=米国債から、二番手=金にシフトしていることは示唆に富む。

2009年