豊島逸夫の手帖

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金はFXなり

2009年3月17日

御用"超"繁多ゆえ、更新も能わず。当面、間隔あきそうな様相。その理由のひとつがインド、中国で相次いで大々的に"純金積立"を導入する構想が出ていること。そこで先輩格のジャパンが指南役として出張ることになったのだ。いずれも現地では大手銀行が旗を振っている。

金投資家の気持ちは、日本も新興国も所詮同じ。長期右肩上がりは納得していても、短期の価格の振れが大きいので、購入決断が難しい。そこで"基本に戻り"、ドルコスト平均法が選択されるのだ。金ETFでも積立方式が企画されている。日本だって株、投信で、今さらのようにドルコスト平均法が持て囃されているものね。

さて、G20は大山鳴動...の典型的例となったが、欧州と米国の財政投入に対する見方の違いの根本的問題は、本欄2008年12月12日付け"アリとキリギリスの共存経済"、そして2009年1月13日付け"スペイン国債格下げと我が道を行くドイツ"に詳述したことに尽きる。今回のG20は、アリさんとキリギリスさんの対話の場であったが、結局平行線。さらに欧州圏内でも一匹の大きなアリさん(ドイツ)に、その他のキリギリスさんたちが群がるという構図がネックになっている。

このEU圏の孕む問題については、2009年1月8日付け"金2000年、ドル200年、そしてユーロ10年"にて詳述した。最近本欄を読み始めた方が多いので、一度アーカイブでこれらをお読みいただきたいと思う。

それから、金価格の見方については、先週CNBCに出演したときの内容を以下にまとめておきたい。

まず、NY金とCRB先物指数が最近逆相関になっているグラフを見せて、金融危機が原油などのコモディティーには逆風になっているが、マネーとしての顔も持つ金には追い風にもなっている、という御馴染の構図を説明した。

(金の世界にはコモディティー畑出身の人たちと金融畑出身の人たちと二種類の人種が同居している。筆者は典型的な後者であるが、日本の金業界人はほとんどが前者である。これは旧大蔵省と旧通産省の縦割り行政の名残であろう。金=商品という位置付けで、金は旧通産省管轄となり、金融機関の金業務には大蔵省から様々な規制が課せられていたのだ。しかし、欧米では金=コモディティーという位置付けと、金=FXという位置付けが平行して存在する。筆者のスイス銀行時代の所属は"外国為替貴金属部"だったし、UBSの売れっ子コモディティーアナリスト、ジョンリードも正式の所属はFXストラテジー部門である。このような背景の違いがあるので、ドルが安くなると金が買われるというような所謂"市況の法則"も、欧米人には当然の事なのだが、日本人にはピンとこない現象となる。)

どうも脱線してしまったが、話をCNBCでのトークに戻して、次に、現時点で確認できる最新の世界金需給データ=2008年10―12月期をベースに話を進めた。

まず、セクター別金需要はこうなる。

  07年10 - 12月期 08年10 - 12月期 増減
投資 141トン 399トン ↑138%
宝飾 598トン 538トン ↓  6%
工業 110トン  98トン ↓ 10%


商品として金を見ると、宝飾、工業用ともに減少傾向顕著。当面回復の見通しつかず。マネーとして金を見ると、これが急増中。このままで行くと、これまでの金の教科書にあった"需要の7割以上は宝飾"という記述も"宝飾と投資が半々"と書き直さねばならぬことになるやも知れぬ。投資需要は宝飾より"浮動株主構成比率"が多いから、価格の振れが大きくなるは必至。

次の統計は、その投資需要の内訳。


  08年10 - 12月期 07年対比増減
金地金 126トン ↑318%
金貨  67トン ↑203%
金ETF  94トン ↑ 18%
その他※  92トン ↑308%


ここでは、何といっても、つい半年前までは"もはや時代遅れ"と言われ続けていた金地金、金貨の急増が顕著だ。サブプライムの教訓としてシンプルで分かりやすいモノへの回帰現象と言えよう。

そして、地域別金需要はこうなる。

  08年10 - 12月期 07年対比増減
インド 147トン ↑  84%
中国 103トン ↑  22%
中東  71トン ↑   1%
米国 100トン ↓   7%
欧州 113トン ↑1170%


ここでは、欧州の突出した上昇がいやでも目を引く。ドイツ、スイス、オーストリア、フランスなどで金貨購入が急増したのだ。とくに、これまでご先祖さまから相続した昔の金貨などを売り払って携帯やパソコン購入に充てていた若い層が、サブプライムで大火傷して、"やっぱり、おじいちゃんの金貨が一番頼りになる"とばかりに買い直し始めたことが見逃せない。プロの筆者が、このような小額の金貨購入を見くびっていたことを反省することも以前書いたとおりだ。チリつもで、1枚31グラムの1オンス金貨でも、100万人が買えば31トンになる。ヘッジファンドがレバレッジかけて、その10倍の310トン買っても、所詮は短期間で売り手仕舞うから、最後に残るのは長期保有主体の金貨31トンのほうである。これがボディーブローのように相場には効くのだ。

なお、インドの増加率84%は、額面通りには受け止められない。前年同期がかなり少なかったことと、価格下落期に集中して買いが入ったものの、その後はパッタリ買いが途絶えているからだ。

対して中国は年を通じてコンスタントに二桁増を続け、堅調のひとこと。経済成長率は半減しても、まだ6%台を維持する限りにおいては、今後も底堅い需要が見込まれる。なんといっても投資部門の規制緩和による新規投資需要の伸びと、価格が上がれば買いが盛り上がるという中国人気質が顕著に出ているのだ。

なお、米国は宝飾部門が壊滅的だが、投資部門では米国造幣局発行のイーグル金貨が売れている。"NYの金は先物のみ"という金の教科書の記述も、これまた書き直さねばならぬやも知れぬ。

そして、今年に入ってからは、新興国がおおむね売り戻し急増、新規買い控えで、需給ジャブジャブ。余った金現物がロンドンに空輸され、金ETFの裏付け現物在庫として金庫に寝ている。しかし、金ETFも残高が1000トンを越えてくると、ディレバレッジ(レバレッジ外し)とか、エネルギー中心の商品インデックスから"商品セクター内での運用比率変更"により金ETFに流れてきた"足の短い"マネーも参入し始めたので、これまでの金ETF=年金の長期購入とばかり言っていられなくなったことも事実だ。NY金先物残高の倍の規模になると、金ETF内で売買が見合うような成熟市場となる。発表されている残高は売買量の差の蓄積であり、氷山の一角に過ぎない。900ドル以上でも買い進んでいる金ETF購入層が、焦れずに、どこまで売らずに留まれるかが、今後の大きなポイントになろう。

さて、著書の感想を実に多くの読者の方々からいただき、次回作のヒントもいただきました。すべてに目を通して読んでおります。ひとつ筆者としての反省点は、このコラムをずっと読み続けている方でさえ、"難解"という感想が圧倒的に多かったことです。筆者としては出来るだけ平易に簡単化して説明したつもりでしたが。今にして思えば、自分の気持ちとしてブログ書くときはジーンズで、本を書くときは背広を着ていたような気がします。後々にまで残る本ということで、知らず知らずのうちに肩にチカラが入っていたのでしょう。(やさしいバーディーパットを外すような気持ちの入れ込みが、どこかにあったのか...)

日頃、セミナーなどで質問に立つ方々は中上級者で、全体の比率はほんの一握りなのだ、ということを(分かっているつもりでしたが)改めて実感したのです。"NHKの子供ニュースで、今更聞けないことを勉強している"というコメント読んで、なるほどと思いました。

それから、このコラムの読者で金に興味があって読む方は半分程度で、あとはマクロ経済の見方について参考にさせてもらっているという方が半分いることも確認できました。今日の冒頭で引用したアリとキリギリスとかユーロの問題点の原稿などが、とくに分かりやすかったようですね。

まぁ、結局のところ、"すべてを映し出す鏡"である金について語ることは、マクロを語ることなのです。そして金融証券のプロでも、金については"キャッシュフローを生まない、面白味のない資産"程度の認識しかなかったので勉強させてもらった、という感想も多かったです。

今後も、個人の視点で、さらに分かりやすく書く努力を続けてゆきたいと思います。上級者の方々には物足りないでしょうが、多数決なので御免なさい。

2009年