豊島逸夫の手帖

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清水ジャンプ

2009年4月1日

これ、清水の舞台から飛び降りるという言い回しの最新バージョンである。昨晩、イタリアジュエリー2009年新作コレクション発表の席で、モデルが身につけたバングルをジッと見つめていた女性が呟いたのだ。"これ、欲しい! きよみずジャンプしちゃおうかしら!"フーム、この言葉は、今、株を買っている人たちから出ても全く不思議はないよね。清水の舞台は高いのだが、今の株購入は異常に低い舞台からのジャンプである。ただし、着地点が、ヒョットすると湿地の沼かもしれない。さらに着地しそこねた人たちが呻いている。でも、日本政府は国民に貯蓄から投資へ清水ジャンプしましょう、と促している。

米国では、equity culture=株式文化が崩れつつあるという。まず、2008年に投信全体で32兆円相当の資金流出。その代わり、キャッシュポジションの代表格、マネーマーケットファンド(MMF)に42兆円相当が流入。さらに、銀行預金にも21兆円相当が流入。この銀行預金へのシフトは今年に入っても加速し、今や、37兆円相当に達するという。要は、米国では、明らかに投資から貯蓄への動きが顕著なのだ。

以上はフローの統計だが、ストックの統計を見ると、個人投資家がMMFや銀行預金に預けてある資金量は、昨年の700兆円相当から1300兆円相当に達するという。これって日本の個人金融資産総額に匹敵する規模である。米国メディアでも、個人投資家受難の記事が目立つが、"証券会社からの口座残高報告書"が送られてきても開封せずに捨ててしまう人たちが多いそうだ。中味を見ると気持ちがめげるから敢えて見ないようにしているのだそうだ。このコラム読者からのコメントにも、"毎朝、こわごわ見ています"という切実な声があった。こわごわ...。まさに、現実を直視したくないけど、しなくては、という心の葛藤が伝わってくる一言だった。

とはいえ、この1300兆円にも達するMMFと銀行預金が、このままそこに留まるのだろうか。実は、心の中ではウズウズしているマネーが多いのではないかな。それほどに人間は慾の虜になる業の深い生き物だ。

ただし、今、眠っているマネーが活動を再開するときには、その投資スタンスがサブプラ前に比し、随分とコンサバ(保守的)になっているだろうね。かなり勉強熱心にもなると思う。

よくセミナー参加者に見かけるタイプなのだが、とにかくよく情報を集めていてプロ並みの水準の人たちも多い。ところが知れば知るほど、あれやこれや考えて、結局何もできなくなってしまう。これ、とくに日本人に多いのだ。勉強して儲かるなら、大学教授が一番リッチになるはず。逆に、ある程度決断している人たちは、最後の確認の意味でセミナーに参加して、後は静かに黙って買う。

かくいう筆者も、相場に魔法の杖がないことをトレーダーとして12年間かけて身に沁みて思い知った。数々の失敗体験で苦汁を舐めた末に行きついた方法が、結局は、積立、という実に地味なやり方なのだ。

今、マネー誌を読んでいると、今更のように株も投信も積立特集のオンパレードである。これは健全な傾向であり、雨降って地固まるの例ではないかな。前回書いたコモンズ投信の渋澤さんとかセゾン投信の中野さんの草の根運動が広まったときに、本当の意味での貯蓄から投資への動きが進むのではないかと思う。

2009年