豊島逸夫の手帖

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金利が上がれば金は下がる?

2009年5月29日

最近よく聞かれることが、"ドルの金利が上がれば、金利を生まない金は売られるのでは?"という質問。

ここでキーワードは、イールドカーブ(利回り曲線)と実質金利。いまドル金利が急騰しているというのは10年もの国債など長期金利のこと。短期金利については、例えば政策金利(FFレート)は依然ゼロ金利に近く、短期国債の利回りも上昇は緩やかである。その結果、長期金利と短期金利の差(スプレッド)が拡大している。これを図で表したものがイールドカーブ。短期、中期、長期と利回りの変化を表す曲線である。このイールドカーブの勾配が急になる(立ってくる)という現象は、投資家が長期国債などにおカネを固定させるについて、かなりの不安感を持つことを示す。これから10年の間には、インフレとか金融危機とか、何が起こるか分からないから低金利で虎の子のおカネを預かるわけにはゆきませんよ。リスクに見合った金利を頂かないと割に合いません、という心理である。逆に、イールドカーブがフラットになることは、投資家が将来に対して楽観的になることを示す。

そこで現在そのイールドカーブがどうなっているかと言えば、正に立ってきているのだ。(個人投資家の皆さんも、証券会社の店頭で、イールドカーブが立ってきているからねぇ、などと語れば、窓口の応対が違ってくるかも...)

次に、さらに重要なことは、名目金利が上昇しても、物価がそれ以上に上がれば、実質金利はマイナスになるということ。事実、70年代後半から80年代初めにかけては、ドル金利も物価上昇も二桁という時期もあった。今の状況は、足元ではインフレどころかデフレが懸念されるほどに物価上昇は鎮静化している。しかし景気浮揚と金融安定化のための資金ジャブジャブ作戦でドルという通貨の実質価値が薄まり(100ドル札で買えるモノが減ってゆき)、結局、実質金利は上がらないのでは、という観測が金価格を押し上げているわけだ。

ロンドン・エコノミスト誌が、米国は、ジンバブエ化するか、ジャパン化するか、と書いていた。朝と夜でレストランのメニュー価格が書き換えられるようなジンバブエ型のハイパーインフレは極論にしても、通貨の実質価値が薄まれば、モノの名目価格は上がることになる。

もちろんFRBだって黙って見ているわけではない。景気が回復すれば、買い取った国債は、また売りに出して、市中のジャブジャブ資金を回収してみせます。ここが中央銀行のオペレーションの腕の見せ所です、と胸を張るわけだ。でも、本当に米国債を買ってくれる人、あるいは国が出てくるのか、大きな疑問が残る。プロが言うところの"出口戦略が見えない"ということだ。

この金融政策の舵取りの難しさがあるからこそ、筆者は、繰り返し、オバマ、バーナンキ、ガイトナーのトリオの舵取りを信じられれば、金の出番もなかろうから売りだよ。でも、いかに秀才トリオといえど、海図なき未知の海域の航海を乗り切るのは無理であろう。と説いているのだ。

なお、昨晩、ピムコの"債券王"ビル・グロスは、米国債を中国が買ってくれなければ、あとは米国人投資家が買うしかあるまい。でも彼らは利回り4%は要求すると思うよ。と述べている。筆者の心理としては、アンクルサム(米国政府)に10年間もおカネを預けるとすれば、4%程度の金利でも不安である。読者の皆さんは何%だったらアンクルサムに10年間預ける気になるかな?アンケート取ってみたいものだ。

それから金利上昇の影響であるが、景気に冷や水を浴びせることになるので、商品(コモディティー)の需要にはマイナス効果を及ぼすことに要注意である。原油やプラチナなどのピュアなコモディティーと、二面性を持つ金との差が、ここでも歴然としている。

さらに、住宅ローン金利も上昇することになるので、米銀がふたたび資産査定という名の人間ドックを受けるとすれば、数値が悪化しているかもしれない。(人間ドックは理想的には半年に一回は受けるべきというからね)。破綻リスク、信用リスクが高まると、これも商品一般には売り材料だが、金には買い材料になる。

それから、もう一つの質問。金ETFが残高1300トンにも膨らむと、これが一転して売りに回ったら金は暴落するのでは? これはもっともな質問だと思う。いくら長期保有と言っても、価格が急騰すれば利益確定の売りが出ることは必至である。さらに、最近は欧州の個人投資家とかヘッジファンドとか、足の短いマネーも金ETFに流入している。ディレバレッジ現象の影響で、レバがかかっていない金ETFにシフトしているのだ。

金が宝飾品のような形で保有されれば安定株主に支えられると言えるのだが、ETFのカタチだと金地金そのままで保管されるので"浮動株主"とまでは言わないが、宝飾需要よりは不安定な需要構造となろう。長期保有前提の金ETF保有者だって、500ドルで買った人が1000ドルになったら売りたい欲求に駆られるのは当然かと思うのだ。中央銀行の売りよりETFの売り戻しの方が、今後の金に関する売り材料としては重要になると見る。

でも、質問にあるような"暴落"というのは極論だね。下げれば下げたで、下で口を開けて待っている人が山と居ることも事実。相場が崩れるようなマグニチュードの地震がETFを震源地として起こることは考えにくい。

2009年