豊島逸夫の手帖

  1. TOP
  2. 豊島逸夫の手帖
  3. バックナンバー
  4. アリとキリギリスの共存経済 パート2
Page711

アリとキリギリスの共存経済 パート2

2009年6月29日

昨年12月12日付け首題原稿、そして今年4月2日付け"G20―アリとキリギリスに対話の場"の続編である。



米国の貯蓄率が6.9%にまで跳ね上がっている。これは15年ぶりの高水準である。この数字は70-80年代には10%を超えていたのだが、昨年には0%台にまで急落した後、短期間で再び上昇しているわけだ。その意味するところは、巨大キリギリス君が不景気の中で"止むに止まれず"倹約、貯蓄に励み始めたということである。

さらに、米国経常赤字も縮小傾向が顕著で、今年1-3月期にはGDP比で2.9%にまで下がっている。これは10年前の水準という。

この二つのマクロ経済統計を見る限り、米国の過剰消費、過小貯蓄という国際経済不均衡は是正されつつあるように思える。しかし、問題は そう簡単ではない。

キリギリス組がアリ組にクラ替えすると、これはこれで世界経済の牽引役である個人消費が盛り上がらず、不況から脱出できない。巨大アリ君の中国からも世界経済を引き上げるほどの国内消費はとても期待できない。まさに、12月12日付けで述べたところの"倹約のパラドックス"に陥るのだ。"借金しない範囲で身の丈に合った人生をエンジョイすることだ"と書いたが、現実はそんなにうまくはゆかない。

さらに、巨大キリギリス君がこれまで積み上げた借金が消えたわけではない。米国の民間債務は、依然、未曾有の高水準にある。米国版"定額給付金"(といっても米国が元祖なのだけれど)の多くは借金の返済に廻っている。家計のバランスシートの修復には10年という単位の年月が必要だ。そんなに待てないというのなら、インフレ政策で借金の実質価値を目減りさせねばならぬ。(これはこれで可能性のあるシナリオだが)

米国内には、国内貯蓄が増えれば、金繰りに関して中国への依存度が減るから 良い兆候だという意見もある。長期的にはその通りだが、足元の不況を果たして凌げるのかという根源的疑問は残る。

そもそも米国人は、本当に反省して倹約、貯蓄に走っているのか。"喉元過ぎれば"消費の虫がうずくのではないか。クレジッドカードが使えないから消費"出来ない"だけではないのか。リボ払いが当たり前で、一括払いは例外というようなクレジットカードに対する考えの違いは、そう簡単に変わらないように思える。

米国個人のバランスシートが修復されるまでは、結局"お上"頼み。民間債務を公的債務に置き換えて急場を凌ぐ作戦なのだが、この問題に関する懸念が米国債券市場動向に集約されていることは本欄でも繰り返し述べてきたとおりだ。

このように見てくると、結局、世界経済は確実に"縮小均衡"の道を歩んでいるようだ。

今年1月6日、"2009年のグローバルマーケット動向"の冒頭にこう書いた。

(以下引用)
金融危機後のマクロ経済は、一言で言って"縮小均衡"と見る。世界的景気後退の波の中で、ドーハラウンドが決裂したままということは、自由貿易による"拡大均衡"の道が断たれたことを意味する。その中で、各国がパイの奪い合い=自国通貨安による輸出増を願い、他国を踏み台にして自国は生き残ろうとする近隣窮乏化政策が幅を効かせる。BRICsの中でも、中国はマシなほうで、インドは黄色信号、ロシアには赤信号がともり、国別格差が広がる。
(引用終わり)

米国経常収支赤字縮小にしても、バイアメリカンのような保護主義が縮小傾向を加速しているとすれば、健全な赤字減少とは言えない。振り返って、我が国への影響を見れば、中国、ドイツと並んで"アリ組"の主力メンバーなのだが、巨大キリギリス君(米国)も巨大アリ君(中国)も輸出相手国としてアテにならないとすれば、結局"身の丈に合った消費水準"にまでライフスタイルを引き下げるほかなかろう。それは抵抗があるかもしれない。でも日本全体が、ガルブレイスの言うところの"精神的飢餓"状態にあると思うのだ。つまり餓死するような実態ではないのだが、ワンランクアップの生活に慣れきってしまって、ランクダウンすると、酷く貧乏になったかのような心理に陥るわけだ。

だいたい、贅沢な珍味ほどメタボになりがちなのだから。トロより赤味のほうが本当のマグロの味がするし健康にも良い。筆者の最大のグルメは、おいしいおコメと新鮮な野菜である。

さてさて、またまた更新の間隔が空いておりまするが、足元のマーケットは"台風の目"に入ったみたいで、株もドルも金も当面の材料が出尽くしました。唯一、米国債券市場だけが神経質な値動きを見せております。

こういうときこそ大局観が必要と思い、今日発売の週刊エコノミスト誌の"ドル VS 原油 金"という特集に2ページ寄稿していますので、是非読んでください。脱稿直後に、中国共産党エコノミストの外貨準備分散に金も視野という報道が流れましたが、この中国公的金購入の長期的見通しも詳述しております。

それから、初心者向けには日経ネットのマネー&マーケットの"マネーの知恵袋"4回目で、"金が上昇する7つの理由"をまとめています。

今週は、米国雇用統計、住宅関連、自動車関連の重要指標が目白押しだが、米国独立記念日連休を控えて大きく動くかどうか。リスクマネー復活と囃される割には、FOMCも肩透かしされたし、流動性が戻っているという強い感触が感じられない。業界が望むほどに、リスクマネーの勢いは戻っていないのかな。投資家のほうが冷静なのかもしれない。

2009年