豊島逸夫の手帖

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金融危機から財政危機へ

2009年7月1日

一難去って、また一難。金融危機は急性症状を呈したが、その後遺症とも言える巨額財政赤字は慢性症状なのでタチが悪い。とりあえずおカネをばら撒くわけで見かけのカネ回りは良くなる。でも"赤字"の痛みが後でジワジワ効いてくる。その赤字の源は、三つある。
―金融安定化のために投入された公的資金
―景気浮揚のために投入された財政支出
―健康保険制度維持にかかる費用

この中で最もヤバイのが、実は3番目の項目だ。金融危機、世界同時不況と高齢化が同時に進行しているからだ。世界全体で見ると、健康保険制度を主とする高齢化のコストは金融危機対策のコストの10倍かかる。とくに米国の健康保険制度の"破たん"の可能性が、銀行の"破たん"より厄介だ。オバマ政権の屋台骨さえ揺るがしかねない。

米国は健康保険に関しては、発展途上国並みといっていい。4800万人が健康保険に未加入である。理由は簡単。高すぎるから。そこで、自動車保険同様に健康保険も強制加入にして、政府が補助するという案が浮上している。ところが、これは今後10年間に毎年1.2兆ドルから1.6兆ドルの追加的政府支出を意味する。金融安定化、景気浮揚に加えて、追加的予算が必要となるのだ。

米国の健康保険の"民営化"が進んでいることも、構造的問題となっている。日本では厚労省の決めた診療方法の枠組みの中で、保険点数稼ぎの過剰投与、過剰治療などが問題化しているが、米国の場合は、民間業者と医者の自由度が高いので、過剰投与、過剰診療になりがちなのだ。(どっちに転んでも、人間の慾は抑えきれないのだね...)。また、病院や医者の間で、診療報酬につき、実質的価格カルテルが結ばれていることも多い。そこで、公的制約を強化すべしとの意見も出ているほどだ。さらに、診療の量ではなく質により医者の報酬を決めるべきという案もある。(でも、成功報酬にすると、重篤な患者は受け容れたがらなくなるかも...)。

いずれにせよ妙案はなく、米国財政を長期的に圧迫することだけは間違いない。それでも日本と決定的に異なるのは、最近の意識調査で、米国民の60%が財政赤字問題に懸念を表していることだろう。失業率が10%に接近する状況下で、将来の財政赤字問題をも心配する国民心理は健全な現象で、救いと言えば救いか。(それに比し、我が日本国民の意識は...)。

さて、この巨額財政赤字問題が悪化すると、結局、米国の場合はインフレ政策による実質的債務踏み倒しが懸念されるが、欧州は事情が異なる。ユーロという共通通貨を導入している寄り合い所帯ゆえ、財政赤字を膨らませた国が勝手にインフレ政策を採れない仕組みだからだ。そこでもう一つの選択肢がデフォルト(債務不履行)。これは"実質的"どころか、借金踏み倒しそのものである。アイルランドの国債格下げの背景には、このような懸念があるのだ。同様の可能性がギリシア、イタリア、ポルトガル、スペインにも存在する。以前、そのイニシャルを取って、PIGsと言われると書いたことをご記憶だろうか。

インフレかデフォルトか。

共通項は、どちらに転んでも、金が買われる経済環境ということだ。そんな金に都合の良い議論ばかりでと言われるかもしれないが、米国造幣局のイーグル金貨、そして欧州のオーストリア造幣局のウイーン金貨が、欧米の草の根レベルで、個人投資家により大量に購入されている現象は決して偶然ではない。インフレ、デフォルトの匂いを真っ先に感じる人たちは、その地域内の住民なのだ。

さて、健康保険制度の問題は、日本国の住民にとっても他人事ではない。将来の医療費の"足し"にするくらいの気持ちで、毎月、金を積み立てることは、団塊の世代の筆者としても"強く"勧められるね。なんせ、毎食後のデザート代わりに薬3粒を"賞味"する毎日だから。(このデザートの値段が、また結構高いのだよ。お世辞にも美味とは言いかねるのに)。

2009年