豊島逸夫の手帖

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NY株高はホンモノか?

2009年7月24日

NY株価が急騰。その実態を冷静に見てみたい。

これまでは米国人個人投資家の参加がほとんど見られず。多くの個人が「乗り遅れたのか」という焦燥感というか不安感と内心戦っている。

リスク意欲が戻ってきたと言われる。ずーっとキャッシュポジションを抱えて、いまかいまかと臨戦体制を取り続けていたので、ウズウズしている。一部、思い切って「清水ジャンプ」して買い始めた人たちもいる。問題は、その後だ。どこまで買い持ち続けられるか。毎日のように発表されるマクロ経済データは猫の目のように変わる。そのなかで、腰を据えて構えられる精神的余裕がまだ出てこない。以前本欄でpatient money=忍耐強いマネーという言葉を使ったことがある。相場変動にどこまで耐えられるか、というリスク耐性が問われている。Patient moneyの代表格がバフェット氏だが、彼は別格にしても、個人投資家の身の丈にあった忍耐がどこまで育つか。サブプライムの記憶がまだナマナマしすぎるので、どうしても、ひるんでしまう、というのが本音ではないか。それほどに投資家の心の傷痕は深い。

テクニカルにはショートカバーラリー(空売りの買い戻しによる株高)なのか、新規買いなのか。米国経済チャンネル見ていると、この話題が非常に多い。意見は、真っ二つに分かれる。

株から債券に雨宿りしていたマネーが、いつ株に本格的に戻ってくるのか。米国債という、「安全な雨宿り先」と思われていた「駆け込み寺」」にも火がついてきた。マネーの流れとしては、債券から株への回帰の兆しはたしかに見られると思う。バーナンキが「出口戦略」は任せてと胸を張っても、米国人個人投資家の米国債不安は払拭されない。かといって、自分たちが満足できるような医療を受けられるシステムを構築するのに1兆ドルかかります、と言われれば、いったいどこに(どこの慈善団体に)そんなおカネがあるの、と考えてしまう。国債を大量発行すれば、当然金利は上がってしまうのでは。さらに、失業率10%も、と聞けば、ますますビビる。「株も大丈夫なのかしら」。

だから買っても回転が早い。長く持ち続けるには、常に不安に襲われる(すぐ売りたくなる)自分の心を鼓舞してくれるような教祖様の存在が必要になる。

その教祖様のナンバーワンは、勿論オバマ。でも、今朝の日経の社説「成果問われ始めるオバマ政権」にも書かれていたが、支持率が70%から60%に低下傾向。(それでもアジアの某政権から見れば天国のような話だけど)。米国民は、日々発表されるマクロ経済データが、less bad(悪さ加減の改善)からgood!と言える日を心待ちにしてきた。マイナス幅の縮小ではなくプラスの増加の数字が見たい。とにかく、前期比何%アップと言われても、前期の絶対水準が低すぎるので、説得力に欠ける。それを「反転の兆し」と表現する証券系アナリストには、ポジショントークの匂いを嗅ぎ取ってしまうほどに個人投資家の心は猜疑心で固まっているのが実情だ。

結局、住宅、金融セクターが本当に「雨降って地固まる」状態にならないと、米国人投資家の忍耐力のある株保有の実現は難しいと思う。当面、株に戻るなら、筆者は長期投資論者なれど、今に限っては、短期決戦に徹するべきと思う。W字型の真ん中の山を越えているのが今と心得るべきだろう。

ちなみに、金の世界に居る筆者が、最近、日本人個人投資家の受けた傷の深さに改めて衝撃を受けたエピソードがある。WGCが個人投資家徹底意識調査(株、債券、外貨、商品全てを含む)を今月行った。そのなかで、一人当たり500万円とか1000万円とかいう単位で、投信や株でやられている人たちの体験談が出るわ出るわ。堰を切ったように「愚痴」が止まらない。いったい国全体で見て、どれほど、やられているのかと、考えてしまった。「新聞の株価面は怖くて見ないようにしている」という女性。筆者のブログを「恐る恐る見てます」という一読者の声を思い出した。「分配型投信から毎月」いただける「配当も減ってしまって」と嘆く女性。「いただく」とは、なんとも上品というか何というか...。こういう人が、その投信の基準価格を見たら卒倒するのではとも感じた。証拠金取引に関して、損した経験を、「証拠金」を「没収されてしまって」と表現する女性もいた。これが金融リタラシーの実態なのか...。

金に関連しても「金ETFを知っているか」という質問には、ほぼ全員が「知らない」。「これは金で運用する投資信託で」と説明した瞬間に、憤然と、「投信?俺はそれで大損したんだよ」と、投信の一言で心を閉ざした。

金地金を持ったときの感じとしては、この実物なら破綻しないという意味の「安心感」とか「癒し」とかいう反応まで飛び出した。一昔前であれば「成金趣味」とか言われたものだが...。サブプライムは明らかに投資家の心を変えた。

この調査についてのエピソードは他にも山ほどあるので、昨日書いた8月22日の日経マネーセミナーで調査資料を配布してお話しますね。

2009年