豊島逸夫の手帖

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リーマンショックから1年というテーマについて

2009年9月8日

昨日は虫の目だったので、今日は鳥の目で、ここ一年のマーケット全体とマクロ経済の変遷を俯瞰しよう。ちょっと中味は濃いよ。

まず、リーマン破たん申請の2008年9月15日と直近のマーケットの比較から。

  2008年9月15日 2009年9月4日
 NYダウ 10,917ドル 9,441ドル
 日経平均 12,214円 10,187円
 米国債10年物 3.48% 3.44%
 ドル(対ユーロ) 1.42ユーロ 1.43ユーロ
 ドル(対円) 104円 93円
 WTI原油 95ドル 68ドル
 金価格(ロンドン後場) 775ドル 989ドル
 NY金先物残高 280トン 573トン
 金ETF残高 769トン 1,335トン

こうして見ると、結果だけで見れば、米国債、ドル(対ユーロ)、円(対ドル、対ユーロ)、そして金の値が安定あるいは上昇している。「質への逃避」の対象として、米国債と金。外為市場における「逃避通貨」としてのドル、円。そしてマーケットの「質」も大きく変遷した。

本欄読者にはお馴染みのキーワードで整理すると。
◎ディレバレッジ:
レバレッジをかけることのリスクが痛感され、反省モードからレバ外しの傾向が顕著。ヘッジファンド業界は縮小の一途。ウオール街のビジネスモデルの崩壊。
◎back to simplicity:
シンプルな手法への回帰。分かりにくい複雑なストラクチャー物から、ベーシックな投資手法、投資手段へ。現物、実物選好。ドルコスト平均法などリスク分散。
◎リスクが民から官へ移行、集中:
FRBの巨額債券買い取りによりFRB自体のバランスシートが膨張し、FRB自身のヘッジファンド化が進行。欧州ではソブリン・リスク=国の債務不履行リスクが浮上。
◎流動性危機、カウンターパーティー・リスク(取引相手先の破たんリスク)によりリスク管理の厳格化:
取引規制などへ発展し、市場の流動性は薄れ、レンジ内で短期的に価格が乱高下する傾向。
◎恐怖から不安へ:
投資家心理は 切迫した金融、流動性危機に対する恐怖感からは解放されたが ジワジワと浸透する不安心理がボディーブローのようにマーケットに効いている。リターンを最大限に求めるトレンドから、リスクを最小限に食い止めるトレンドへ。金価格は一言で言ってしまえば、リスクプレミアムを映す指標のようなものだ。
◎期待感で買われる相場から、証拠を見せてよ、というショーミー相場へ:
株価は景気回復の期待感でここまで戻したが、そろそろ、その証しを見ないと、これ以上は買い上げられない。Wall Street(ウオール街)の期待景況感と、Main Street(街中)の実勢景況感には大きなズレがある。「証拠」としての企業業績は改善しつつあるが、リストラとかコストカットにより財務諸表がちんまりとまとまった、という域を超えない。ゆえに雇用なき成長となる。

次に、マクロ経済をキーワードで斬ると、こうなる。
◎国際経済不均衡の変化:
米国の「過剰消費、過小貯蓄」と、中国の「過小消費、過剰貯蓄」という国際経済不均衡の様相が変わった。米国民も倹約を重視せざるを得ず、消費抑制、貯蓄性向上昇の傾向を見せ始めたのだ。こうなると、本欄お馴染みの譬えで言えば、G2が両者ともにアリ君になり、キリギリス君不在の世界経済村になってしまう。借金せずに節約することは良いことだが、それも程度問題で、キリギリス君がいなくなると経済は縮小均衡に向かわざるを得ない。いわゆる「倹約のパラドックス」という現象だ。
◎縮小均衡:
金融危機の最悪期は脱したが、世界経済のパイの大きさは元に戻らない。リーマン危機直前までは実勢以上に膨張していた部分が危機後に剥落し、身の丈に合ったサイズに収まりつつある過程でもあろう。
◎景気は変形W字型へ:
ここにきてdouble dip(二番底)という用語が欧米市場で頻繁に流れる。魚の目で見れば、現在はW字型の真ん中の山を通過中。
◎金融危機から財政危機へ:
金融危機脱出のためのコストとリスクはタダではない。未曾有の資金供給、FRBによる国債買い取りという「禁じ手」まで使ったツケが顕在化しつつある。金融危機のような急性症状ではないが、膨張する財政赤字が、どこかの時点で臨界点を迎えるという避けがたい現実が徐々に明るみに出る。官の大量マネー供給とリスク吸収を元に戻す「出口戦略」に不安が残る。
◎オバマのハネムーンは終わった:
スローガンとして「チェンジ」を標榜するオバマに、国民はそろそろその実感を求め始めたが、実体経済は悪化の程度が減速する程度(less bad)である。そろそろ国民が焦れ始め、オバマの支持率にも陰りが。しかし、オバマはこれから「財源」をどこに求めるかという政策的模索の過程で、「ばらまき削減」とか「増税」など、国民に痛みを強いる決断をせねばならぬ時期に入る。
◎新興国神話は崩れた:
新興国経済と新興国経済の非連動説は結果的にかなりの楽観論であった。中国は立ち直り早く健闘しているが、人民元をこれ以上引き上げることには抵抗を示し、結局、近隣窮乏化政策により、他の新興国の輸出を食って、自分たちのパイのシェアを増やしている。内需主導といっても、公共インフラ投資主導であり、肝心の消費は社会的セイフティーネットが不安などで盛り上がらない。中国は、自国経済を救うことはできるが、世界経済の救世主までになれるかは疑問、というのが実態であろう。
◎EU圏は寄り合い所帯の欠点を晒した。危機対応に際して意思統一に手間取り対策に遅れをとったので ユーロに対する信認も(ドルとともに)薄れた。:
グローバル経済のパイを大きくする最適の政策手段は貿易自由化。関税撤廃などは短期的な痛みを伴うが、長期的には各国が得意技を持つ比較優位産業へ特化し、比較劣位を持つ(相手にはかなわない産業)は譲るという互恵の精神を実践するしかないと思う。具体的にはドーハラウンドで歩み寄り実現させること。世界経済の「拡大均衡」を目指す自由貿易政策の最大のメリットは、財政赤字とか大量資金供給などのような財政金融政策に伴う合併症、後遺症が最も軽いことだ。 

"It's a new ball game." 2008年9月22日付け本欄のタイトルである。これから新たなルールの下で、新たなゲームが始まると書いた。それから一年。経済もマーケットもまだ新たなルール作りの過程から脱していない。サッカーに譬えれば、いざゴールへボールを蹴ったが、いつのまにかゴールポストの位置が変わっていた、というような状況が続く。リーマンショック一年も、鳥の目で見れば通過点に過ぎない。

なお、この一年で筆者の書くブログ原稿を読んでくださる読者の数も10,000弱から平均18,000にまで急増しました。最近、御用繁多でよんどころなく更新も間隔が空いていますが、多くの皆さんの激励でなんとか続けております。

2009年