豊島逸夫の手帖

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NY株式誤発注騒動で浮上した高速電子取引のリスク

2010年5月10日

ギリシア財政危機をきっかけにソブリンリスクという言葉がマーケットの流行語みたいになっている。まさかとは思っていたが、国が発行する国債と言えども、デフォルト(債務踏み倒し)のリスクがある、ということを個人投資家も意識し始めたようだ。

「安全資産」と思われてきた国債の安全性も、じつは条件付きだったのである。すなわち放漫財政を続けず財政規律は守られる、あるいは国の財務諸表に当たる数字に粉飾はない、という大前提条件は当然守られるという「性善説」の上に「国債の安全神話」が成り立っていたわけだ。

しかし、ギリシアに、その「当たり前」は通用しなかった。「性善説」に基づく「国債神話」が崩れると、個人投資家の気持ちとしては「では、日本国債は大丈夫なの?」と自分の国のことが心配になってくる。

時あたかも、政権交代後、日本の公的累積赤字は900兆円を突破した。誰がどう見ても、まともな手段で返済できる数字ではない。筆者が最近のセミナー講演の質疑応答でも、「徳政令のようなウルトラCの超法規的措置でも発動しない限り、この財政危機から脱却は出来ないのでは」という声が頻繁に聞かれる。

その結果、マネーの流れにも変化が生じている。リーマンショックの時は株から金へというシフトであったが、今年に入って国債を売って実物資産の金に乗り換えるという動きが目立つ。

しかし、欧米勢は日本の財政状況に案外楽観的だ。フィナンシャルタイムズ紙などは、「日本の場合はfamily issue=家族内の問題」と片付けている。米国の国債は中国、日本などの外国人投資家による購入で支えられている対外債務であるが、日本の国債のほとんどは1400兆円を超す日本人個人投資家マネーが直接間接に買っている。したがって日本国債のソブリンリスクは さほど心配することはない、という論調である。

「家族内問題」ということは、オヤジが積み上げた借金は息子が払うという構造になっているわけだ。しかし、息子にしてみれば、納得できるはずもない。オヤジの世代はバブルの恩恵でちっとはいい思いもしたかもしれないが、自分達は社会に出てから何もいいことない。挙げ句に、これまでのツケの尻拭いなど、まっぴらご免こうむるというのが正直な反応であろう。これこそ日本流ソブリンリスクだと思う。

機関投資家の中でも、膨張する国債保有に不安を感じている人達が非常に多い。「赤信号、皆で渡れば怖くない」の発想で、皆が国債を買い続けているので、当面、債券市場の需給は保たれている。しかし、国債を大量に保有する機関ほど気味悪く感じるものらしく、そのヘッジとして金を研究していることも事実だ。機関投資家向け金セミナーで講演する機会が増えているのだが、後でこっそり近寄ってきて「じつは個人的に金を買いたいのだが」と相談に来る定年も近そうな年金理事さんも多い。建前としては「安全性を重視する年金資産運用で金などはいかがなものか」と語る御仁でも、個人の退職金の運用となると、やはり本音が出るものらしい。

次の話題は、先週のNY株式市場の誤発注に関連して、あらためて浮き彫りになった電子取引の数々。証券取引所関連の話題で耳にする以下の言葉が今回も登場している。

すなわち、high frequency traders(HRT=高頻度トレーダー)とか、flash orders(FO=トレーダーごとの売買値を一瞬チラッと開示すること)とか、dark pools(私設の場外売買プラットフォーム)。

HRTは、コンピューター経由で、波状攻撃で巨額の売買注文を瞬時に実行してゆく。今や米国の株式売買の73%がHRTによると言われる。個人投資家などは、とてもついてゆけないスピードで大量の売買が実行されているわけだ。しかも市場参加者の頭数から見れば、HRTは全体の2%に過ぎない。その典型はシタデルなどのヘッジファンドや大手投資銀行の自己勘定部門である。

このHRTの参入を、これまで証券取引所は歓迎してきた。ただでさえサブプライム後のリスク意欲後退傾向の中で売買量が低迷している。ここはHRTでも何でも参入してもらって、売買量(流動性)を増やさなければならぬ。

先日も述べたように、投機家というのはマーケットに流動性を供給する(liquidity provider)という役割も果たしているわけで、取引所を池に譬えれば、干上がった池には魚は住めない。そこで取引所はHRTに対して一売買注文あたりにリベートを払って「誘致」に努めるまでに至った。取引所間競争に駆られての措置であろう。では、そのリベートの財源は、と言えば、一般の機関投資家、個人投資家、つまりHRTが供給する流動性を利用するユーザーサイドが支払うことになる。例えばHRTが1bp(0.01%)貰うとすれば、機関投資家は2bp払うという感じである。

そもそも電子取引は顧客(=投資家)の売買コストを削減するというメリットにより導入されたわけだが、今や、顧客がそのスピードについてゆけず、取引所経由の売買から締め出される結果になってきた。

さらに、冒頭に述べたFOも問題である。これは、トレーダーの売値と買値を取引所の公開の場に出す前に、別のルートで瞬間的にチラッと開示する方式で、その「チラッ」を見られるプロと見られない投資家の間に不公平が生じる。取引所としては大量の売買をしてくれるHRTに対しての特別サービスということなのだろう。

ところが実態は、FOで瞬間的に開示された売値買値の99%は、これまた瞬時にキャンセルされるという。言ってみれば、FOの売買値は「見せ金」みたいなもので、実際に顧客が「買い注文」で食いついてきたときには、「ああ、あの売買値は1/100秒前の値で、今は上がってます」とか言って、けっきょく高値を掴ませられる結果にもなりかねないのだ。

このような取引所の問題点が露わになってくると、自然発生的に場外で私設売買プラットフォームがサテライト(衛星)の如く出てくる。これがdark pool(灰色の売買システムとでも言おうか)と呼ばれる現象である。このダークプールの取引状況については報告義務がある所とない所がある。

このように現場の電子取引プラットフォームは劇的に変化中だ。今回は、売買ソフトが自動的にストップロス売りを発動して、それがさらに別のソフトのストップロスの引き金(トリガー)となるという具合に、ストップの連鎖現象も見られた。

今後、このような取引形態に対し規制が強まるは必至の情勢だ。しかし、規制強化は市場の流動性減少を招くのも必至。そうなると取引の薄まる中で、値だけ飛ばすような状況が頻発しよう。すでに先週金曜のNY株式市場を見ていると、前日比で200ドル以上のマイナスになったり、逆にプラス圏に突入したり、バラバラな動きをしている。VIX(恐怖指数)もとうとう40に達した。

足元のNY株相場とかけて、ハトポッポさん記者会見場での目つきととく。ココロは、焦点が定まらない。

あ、それから金相場だけど、1200ドル突破して中期的流れとしては新高値更新を目指すが、5月はヘッジファンドの決算期でもあり、NY株式がさらに暴落するような事態になれば、決算対策手仕舞い売りが出やすい地合いである。表層雪崩注意報を発令しておく。

2010年