豊島逸夫の手帖

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アイルランドの現場で見たユーロ危機の実態

2010年11月26日

本稿は帰国途中の乗り継ぎで寄ったロンドン、ヒースロー空港のラウンジで書いている。ダブリンのホテルから空港まで乗ったタクシーの中で、ちょうどアイルランド政府の今後4年間の経済更生計画発表後の記者会見がラジオで流れていた。運転手さんが経済通で綺麗な英語を喋る。いちいち解説してくれた。

(アイルランド人の教育水準の高さが、こういうところで知れる。なんせ世界の人材養成工場みたいに上級管理職として世界各地に散らばっているから。同国のエアリンガス航空のネットワークも、小国なのに米国からアフリカから欧州の中小都市まで実にきめ細かく広がっている。また、法人税を12.5%と低く抑え海外からの直接投資=FDIを戦略的に促進したので、インテルが欧州市場の前進基地として同国に拠点と置くなどIT系産業の基盤も出来た。)

現地で一般市民の話を聞けば、同情すべき点も多い。彼らはPIGSとかでギリシアと一緒にされることに憤りを感じている。ギリシア危機は、そもそも政府が経済統計を偽装したことで発覚した。しかも国民はキリギリス組の代表格みたいな民族性だ。しかしアイルランド人は元来働き者で享楽に溺れることもなく、ガーデニングなどを趣味として堅実に生活してきた。民族のDNAからすればアリ組に近いものがある。(今年のクリスマスギフトのイチオシが、サクランボの盆栽だそうである。値が張るサクランボを自宅の庭で育てて楽しみましょうという宣伝文句。)

それがユーロ導入で、静かだった畑が荒らされてしまった。好調だった経済の国が、過熱を防ぐための金融引き締めどころか、欧州地域共通の金融政策を当てはめられ利下げを強いられた。そこに目を付けたのが欧州の大手銀行と米国のヘッジファンド。ここぞとばかりにアイルランドの銀行経由で大量の投機マネーを投入した。そもそもアイルランドの銀行は個人預金を集めて貸し付けるのではなく、銀行間市場で資金調達して融資する形態だ。結果的にGDPの7倍ものマネーが国内にばら撒かれる結果になった。

そこで活躍というか暗躍するのが、おきまりの不動産開発業者とか土地を転がす人達。普通の個人の住宅に一気に5倍の値がつくようになった。ここでアイルランド人は二つのタイプに分かれた。
すっかり気が大きくなって自らも不動産投機に走った組。
バブルとは距離を置き、マイペースでこれまでと同じ生活を続けた組。
前者の住んでいた家家は今や差し押さえられ売りに出されている。下の写真は、For Saleの看板が並ぶ住宅街。

963a.jpgしかし後者は、これまでどおり質素だが同じ家で同じ食事が出来ている。まだ余裕が残っているが、給料カットや増税などでジワジワ家計が圧迫され始めている。

いずれにせよ同国国民の立場から見れば、銀行がはしゃいでバブルに乗り巨額の不良債権をかかえ、いまや国が、その銀行に泣きつかれ「抱き沈み」の瀬戸際にある。そして、投機マネー融資に走った銀行の救済に自分たちの税金が使われている。その結果、対GDP比の財政赤字が32%にも膨らんだ。そのうち20%が銀行公的救済支出である。財政不安が懸念されアイルランド国債は売り浴びせられる。しかし、実はかなりの「埋蔵金」をキャッシュで保有していたので(ここがギリシアとは決定的に違う)、来年半ばまでデフォルトの心配はない。だからEUの助けは要らないよ。そもそもEU質屋さんに駆け込むところ見られると、マーケットは「やっぱり...」と反応するだろうし。しかし、EUはマーケットの疑心暗鬼を鎮めるために、ここは(仮に使わなくても)予備の意味でEUの資金援助を受けておきなさい、と言う。

カネを借りれば、やっぱり資金繰りが厳しいのかと詮索され、借りなければ、ほんとに自力で切り抜けられるのと、これまた詮索される。結局、メルケル率いるEU/IMF進駐軍を受け入れることにした。

進駐軍は、そもそも12.5%なんて法人税が低過ぎるから増税しろと迫る(メルケルにしてみれば、アイルランドは法人税のダンピングで外国企業を誘致していると言いたいのだろう)。しかし、ここはまさにアイルランド経済の命綱。絶対譲歩は出来ない。

さらにメルケルは、国債がデフォルトになったら納税者ばかりではなく民間国債保有者にも相当の痛み、すなわち損失を負担してもらうべき(ヘッジファンドなどが国債売買して利益を上げているのだから)と主張。

そこでアイルランド国債はますます市場で売られる結果に。同国国民にしてみれば、ヘッジファンドが勝手に同国国債売買して損失出す羽目になり、その結果ますます国の資金調達コストが跳ね上がるという、何ともやりきれない思いなのだ。

アイルランドは綺麗な国だ。自然の美しさはこの10年間全く変わらない。でも人の心は深く傷つき心象風景は激変してしまった。それでもPIGSの中では、将来的に再生の可能性が一番強い国であることも事実だ。過去にも80年代にバブルを克服して立ち直った実績もある。

今回、アイルランドを訪問して筆者が感じたことは、PIGSといっても、その債務の実態は国によって全く異なる、ということだった。でもマーケットはPIGSの財政危機ということで、南欧諸国にアイルランドを加え集合体として扱っている。たしかにcontagion(感染)リスクの伝染効果は間違いなく存在するのだから。しかし、流動性危機を乗り越えたあとの再生の可能性は、民族性によりかなり異なることも事実であろう。

ポルトガル、スペインへの連鎖の問題は、また別途論じることにしよう。

さて、以上がヒースローで書いたこと。足元では米国が感謝祭で休日モード。注目のブラック・フライデー(感謝祭特需で店の帳簿が赤から黒に転じることから来た言葉)のショッピングは、年々開始が早まり、今年は11月初めからセールに出る店も多い。老舗デパートのシアーズが今年は感謝祭中の休日も営業ということが話題になるほど。そして、ブラック・フライデーの売上がクリスマス商戦の数字を占う有力な指標となる。昨年は0.5%アップ。今年の予測は2.3%アップ。結果はどう出るか。

さて、筆者は帰国しても事務所にいるのは一日だけ。土曜日は夫婦50組対象のセミナーで講演したあと(これ和やかで面白そう)、日曜から中国出張。北京で、これも今マーケットの大きな材料である、引き締めの実態を現場で見てきます。もちろん朝鮮半島情勢への中国の対応がどうなるか、も。

コテコテの洋食が苦手で妻手作りのお稲荷さんを30個持ち歩く欧米出張とは異なり、中華料理は大好き。三食が4日続いても構いません。楽しみ♪

なお下の写真はダブリンの繁華街。最近の筆者の感覚では熊本や長崎の商店街のほうが賑やかだった。

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2010年