豊島逸夫の手帖

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欧州債務危機歓迎の米国新婚・仮面夫婦たち

2012年5月29日

「アテネの現地状況はどうですか?」知り合いの若手米国人新婚夫婦がスカイプで聞いてきた。欧州債務危機が更に悪化するのであれば、マイホーム購入を延期するという。聞けば、なるほど。米国の住宅ローン金利は米国債利回りをベンチマークにスライドする。その利回りが欧州債務危機から派生するマネーの「安全性への逃避」現象により、過去最低の水準まで下がってきた。マイホーム購入検討中の新婚夫婦にとってみれば、願ってもない朗報だ。そこで、もし、ギリシャのユーロ離脱ともなれば、ドル金利の更なる低下は必定。それまで購入を待つべきか否か、夫婦で議論しているという。
一方で、離婚したくても住宅ローンが足かせとなりやむを得ず同居を続けているカップルも少なくない。そのような仮面夫婦にとっても、欧州債務危機は歓迎。"Refi"と呼ばれる住宅ローン借り換えのチャンスだからだ。但し、既に「"underwater"=所有不動産の価値」が住宅ローンの額を下回り、「含み損」を抱える状態ゆえ、銀行の審査で撥ねられるケースが殆ど。
いずれにせよ、米国内は明らかにカネ余りだ。マクロ的に世界的なマネーフローを見れば、米国に10年間、1.8%程度という驚くべき低金利でカネ貸してもよいと考える投資家が多い。そのうえにFRBは量的緩和政策でマネタリーベースを急増させてきた。しかし、銀行の融資基準厳格化、民間の資金需要低迷により、マネーは銀行システム内に滞留したままだ。所謂「流動性の罠」に陥り、おカネが生産的分野で生きた働きをしていない。
その余剰マネーの一部が金市場にも流入しているわけだが、金も「不毛の資産」。金購入に充てられたマネーが再投資されることはないから、利息や配当などを産むことはない。
しかし、再投資されないということは、投資判断の過ちで破たんすることもない。俗に言う「紙屑になることはない」資産だ。価値保存能力には優れているので、価格変動リスクはあるのに「安全資産」というレッテルを貼られているのだろう。しかし、個人的には金を「安全資産」と呼ぶことには強い抵抗を感じている。
米国債にせよ、金にせよ、今やリスクのない「安全資産」など無い。もはや投資家がリスクから逃れることは出来ない。だからこそ、リスクのベクトルが異なる資産を組み入れてポートフォリオが勧められるわけだ。
それでもマネーが米国債に集中流入するのは、「安全性への逃避」というより「流動性への逃避」と言うほうが正しい。
市場は先週のフェイスブック新規上場の際に、改めて、「流動性の乱高下」に晒されたばかり。冒頭の米国人友人はニューヨークで証券会社に勤めているのだが、上場初日の取引所混乱で、売買注文の成否確認できず、なんと2時間以上も自社の売り買いポジションも分からぬままの「極限の視界不良の中の夜間飛行」を強いられたという。新規公開幹事会社では、未だに、売買注文の突合せ(reconciliation)が終わらず、今後1-2週間かかる見込みとのこと。証券会社内で、フェイスブック上場初日は未だ終わっていなかったのだ。「売りたい時に買い手がいない」「売買注文が円滑に処理されない」という流動性の恐怖を体験した機関投資家が、米国債という「インフラの整った大きな池」に安堵感を覚える気持ちも、トレーダー出身の筆者としては分かる気もする。

2012年