豊島逸夫の手帖

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投資商品販売最前線の実態

2012年7月26日

昨日、貴金属業界販売員研修会で講演したときのこと。店頭で顧客から最も頻繁に聞かれる質問について検討しようとの趣旨で、参加者に問うたところ、7割が同じ答え。
「今日の店頭は売りが多いか、買いが多いか」
要は、「お隣さん」の動きが最も気になるのだ。皆が買っていれば、安心して自分も買う。買おうと思って来店したが、売りの客が多いと、買わずに去る。
同じ現象が証券会社にも見られる。
金ETFが上場されてから、筆者も証券会社支店の投資最前線で直接、投資家と話す機会が増えた。「3ヶ月のキャンペーン期間中」に札幌から鹿児島まで支店廻りキャラバンで連日講演したこともある。
平日の午後という時間帯。当然、現役組は皆無。平均年齢75歳というケースも珍しくない。「水戸黄門の再放送が無くなったので、暇つぶしにきた。」「IRで人気キャラクターグッズが貰えるから、孫へのプレゼントと思って。」などのコメントに本音が透けて見える。
それでも支店長に聞けば、金融資産を数億抱えている「超優良取引先」だ。肝心の資産運用について顧客に尋ねると、「今日集まった参加者はレギュラー・メンバーばかりの顔なじみ。そこで、皆が買っている商品を買う」と言う。売る側も心得たもので、「当店の売れ筋はこのxx投信です」と切り出す。
その結果、本店が3ヶ月キャンペーンを張る「旬の商品」へ次々に乗り換えてゆく、というか、乗り換えさせてゆく、というべきか。
そもそも、投資信託を3ヶ月ごとに売買するという実態に愕然としたものだ。
筆者は、どこでも基本的スタンスは崩さず、金ETFでも「長期保有」を説く。しかし、会場の最後部で参観する支店長さんは、その言葉に苦い表情を隠さない。
更に、最近は機関投資家向けセミナーでの講演の機会も増えた。そこで、セミナー終了後、演台に来て個別にヒソヒソ声で発せられる質問の多くは、「よそさんはどうなんでしょうか」。
金というエキゾチックな新商品に、自らパイオニアとなって飛び込む気は更々ない。皆が一斉に飛び込むと思ったら、自分だけだったというフライングを最も嫌う。しかし、皆が飛び込み、自分だけがスタート台に残るというケースも困る。それまで「金などという投機的商品はいかがなものか」と拒否反応を示していた上司の態度が、「なぜ、うちはやらんのだ」と一変するからだ。そこで、サラリーマン機関投資家の自衛策としては、「勉強会に専門家のxx氏を招き、情報収集に努めていた」という事実をファイルに残しておくこと。筆者が、そのような場に招へいされるのも、結局スケープゴート役を期待されていることが分かってきた。仮に、金を買った場合に、「専門家の見方に従った」という説明で社内を切り抜けられるのであろう。買った翌日に金が下がれば、「専門家の見通しが外れた」でお咎めなし。皆が損していれば、叱責されることもない。

本欄に以前、「プロは混みあった市場に恐怖感を覚えるが、アマは安心感を抱く。」と書いたことがある。
冒険投資家ジム・ロジャーズ氏は、自ら、居をシンガポールに移し、娘を中国語学校に入れるほど新興国に入れ込んでいるが、「今、新興国株はショート=売っているさ」と筆者との対談で平然と語ったものだ。その理由は一言。「too crowded」混みすぎているから。
バーナンキ氏の経済政策を辛辣にこき下ろした後で、これも平然と、「でも米ドルは短期ながら買っている」。理由は「皆がドル売りに走っているから」。丁度、ドルが反騰する直前の対談であった。

筆者は中国でも投資家向けセミナーで講演するのだが、中国人は、1時間も金のレクチャーを聞くや、終了後、「私は買いだと思う」「いや売りだろう」と中国語のハイ・ピッチで侃侃諤諤の議論を隣に居合わせた参加者と始めたりする。リスク耐性がある、という点で、日本人とは民族のDNAが違うようだ。その結果、中国市場にはtwo way売り買い双方向の流動性が入る。対して、日本市場は、買いか売りかone wayに偏る。そこで瞬間的に国際市場に比し、ジャパン・プレミアム或いはディスカウントが生じがちだ。これが外資系トレーダーにとって裁定取引のまたとないチャンスだった。しかし、いまや、国内市場も顧客の流動性が枯渇し、アジア時間の取引の中心はシンガポールや上海に移ってしまった。
「リスク回避」と評されるが、今や、リスクの無い資産など無い。要はベクトルの異なるリスクを組み合わせて運用するしか術はない。リスクを取らないリスク、そして皆が買っている商品を買うことでリスク感に自己麻酔をかけている個人投資家の実態を投資最前線で強く感じている。

2012年