豊島逸夫の手帖

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2013年 株で攻め 金で守る

2013年3月1日

今日は、先日、日経新聞に掲載された原稿を採録します。
それから、グラフに使われた元データも添えます。
(データ出所:ワールド・ゴールド・カウンシル および トムソン・ロイター GFMS)

国内の円建て小売金価格はグラムあたり5000円の大台を突破して、実に32年ぶりの高値圏にあります。
しかし、欧米市場のドル建て国際金価格は2011年につけた史上最高値1923ドルを大きく下回る1600ドル台まで下げてきました。
海外で下げても国内では上がるという現象は極めて珍しい事です。ニューヨーク金の下げのスピードより速く円安が進行している結果なのです。
これまでの円高の時代では、「海外で上げても、円高で国内価格は相殺される」と言われてきました。
しかし、アベノミクスが市場を席巻し、貿易収支赤字が拡大して、構造的にも円安体質になってくると、「海外で下がっても、円安で国内金価格は相殺される」時代になりつつあります。
これまでの「市況の法則」は一度リセットして考えるべきでしょう。

それにしても、金の国際価格はなぜ下がっているのでしょうか。
一言でいえば、ギリシャ危機などの所謂「テール・リスク」が薄まり、安全性を求めるマネーが株などのリスク資産に回帰していることが最大の理由でしょう。「安全資産」といわれる米国債も同時に売られ気味で、10年債の利回りは2%前後まで上がってきています。
「グレート・ローテーション」といわれる債券から株へのマネー大移動に協調した動きとでも言えましょうか。
短期的には200日移動平均線も下回り、弱い地合いです。

それでは、これで12年続いた金価格の長期上昇トレンドは終止符を打つのでしょうか。
結論からいうと、下がっても、1600ドルから1500ドル台が底値圏になると思われます。
今年に入って国際金価格が軟調に転じた最大の理由が、米国の金融政策決定会合にあたるFOMCで金融緩和継続反対派の数が増えていることが、同議事録で明らかになったことです。金は金利を産みませんから、特に実質金利が上昇すれば売られます。
ですから、FRBが本当に出口戦略=金融引き締めに転じれば、中期的に国際金価格も下落局面に入るでしょう。2014年から2015年にかけては、そういう時期もあるかもしれません。
しかし、米国経済がそこまで回復すれば、中国・インドなど新興国の経済も息を吹き返すでしょう。

そして、金の現物需要は、その新興国が支えているのです。
具体的には、インドと中国の国別年間金需要は、経済成長率が減速した昨年でも、それぞれ、864.2トン、776.1トンの計1640.3トンを記録しました。といっても、ピンとこないかもしれませんが、これは、年間金生産量2847.7トンの57.6%をこの二か国で買い占めたことを意味するのです。
なかでも中国の需要の底堅さが目立ちます。経済成長率が7.9%にまで落ち込んでも、年間金需要量はプラス・マイナス0%。つまり前年並みを維持したのです。一方、インドは前年比マイナス12%でした。
それでも、一時は金需要世界一の座を中国に明け渡すかと思われたのですが、10-12月期に前年同期比プラス41%の急増を見せ、通年では一位を維持しました。
ですから、今後、先進国の経済が回復すれば、中国・インドだけで新産金の70%以上を買い占めても全く不思議ではありません。

1位インドを2位中国が急追
<グラフ①:インド・中国 国別年間金需給量の推移>

1365a.gif

(単位:トン)
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
インド 565 662 721 691 769 660 578 963 986 864
中国 207 234 253 259 327 395 457 579 779 776


では、なぜ、それほどインド・中国の金需要は底堅いのでしょうか。
専門的に言うと、需要の価格・所得弾力性が相対的に低いことが挙げられます。両国とも文化的に金選好度が高い。ひらたくいえば、金大好き人間が10億人以上いる国だからです。
インドの場合は、金需要のコアが「ブライダル」。花嫁の父が嫁ぐ娘にもたせる「持参金」が文字通り「持参ゴールド」。花嫁にどれだけ多くの金宝飾品を持たせるかが親の甲斐性ですから、多少懐が寂しくてもお父さんは気張ります。
中国の場合も、2000年以上の歴史の中で、政権が変われば通貨の呼称も変わるという経験を繰り返してきた国で、時代を超えた価値を持つのは、やはり金だ、ということが民族のDNAとして刷り込まれています。
しかも、近年になってやっと段階的に金自由化が実施された経緯があるので、「規制緩和特需」が噴出している事情もあります。中国人民銀行の指示のもとで、あの広大な国中に支店網を持つ大手銀行が金流通の核となり、民間金市場のインフラが構築されました。私も、そのアドバイザリー役をやってきたので、「中国の金需要の発展段階はまだ若い」ということを実感しています。
これら新興国の金現物需要の最大の特徴は、安くなれば、理由のいかんを問わず、買うということ。逆に、史上最高値に沸くときなどは、音なしの構えです。
ですから、強力な下支え役となるのです。
更に、BRICsはじめ韓国、トルコ、メキシコ、タイなどの新興国が外貨準備としてドルやユーロから金へシフトしていることも大きな要因です。
中央銀行は長らく金の売り越し(年間500トン前後)を続けてきたのですが、2011年、2012年と456.8トン、534.6トンの買い越しに転じています。絶対差にして1000トンを超す変化ですから、これは需給の景色が変わります。

売り越しから買い越しへ転換
<グラフ②:公的部門の金売買量>

1365b.gif

(単位:トン)
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
公的売買量 △620 △479 △663 △365 △484 △235 △34 77 456 534


最後に、国際金価格が過去12年間で6.5倍に上がっても、供給サイドの年間金生産量が10%程度しか増えていないことも重要です。
採掘コストが安い鉱脈は殆ど枯渇して、今後は埋蔵量の多くが海底金鉱脈という状況なのです。

年間金生産量は過去10年間で8%しか増えず
 <グラフ③:年間金生産量と金リサイクル量の推移>

1365c.gif

(単位:トン)
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
生産 2,624 2,496 2,550 2,482 2,476 2,408 2,589 2,689 2,835 2,847
リサイクル 991 881 902 1,133 982 1,316 1,695 1,645 1,668 1,625


こんなに高くなった金を買っていいものか、という質問にしばしば接しますが、以上の理由で、長期的な価格は右肩上がりということは自信を持っていえます。
ただ、短期的な価格動向のほうがプロでも読みは難しい。ニューヨーク先物市場の投機マネー動向により乱高下を繰り返すからです。
しかし、そのプロセスで価格水準は徐々に切り上がってゆくでしょう。
いきなり1923ドルまで急騰したのは、明らかに行き過ぎ。今は、その値固めの時期とも言えます。
こういう市場環境下で、プロの私も金投資は積立に徹しています。地味ですが、コツコツ積立ておくと、リーマンショックのような経済危機があったときに値上がりして働いてくれる。それが金のヘッジ機能です。ですから、資産運用の主役は、利息や配当を産む株や債券。金は脇役。せいぜいポートフォリオの10%程度にとどめるべきです。
特に、2013年は「株で攻め、金で守る」がキーワード。
アベノミクスの副作用ともいえる円建て資産の目減りとか、ターゲットを超えるインフレなどに対する備えも必要でしょう。株か金かの二者択一ではなく、株と金でリスク分散を計ることが賢明と思います。

2013年