豊島逸夫の手帖

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黒田日銀に奇策なし

2013年4月3日

就任後初の金融政策決定会合で、いよいよ「大胆」で「異次元」の非伝統的金融緩和の全体像が明らかにされる。
「期間が長いものを含めて量的にも質的にも大胆な金融緩和を進める」わけだが、2%物価安定目標達成期限の明示、リスク資産購入、国債購入手段の統合などの「合わせ技」となる。「異次元」といえど、奇策はない。現状の金融政策手段の量的拡大と質的変更が中核になる。
そもそも金融政策の選択肢は限られている。その詳細は、メディアで報道済だ。黒田日銀は持ち札を公開したポーカーに臨むようなもの。ゲームの相手は市場。新総裁の記者会見での表情や言葉使いなどから「真意」を読み取る心理戦となろう。
米国でもFOMC後のバーナンキFRB議長記者会見や議事録の中の、英語の形容詞や副詞の使い方などから、緩和姿勢の微妙なニュアンスの変化を市場が読み取り反応している。「英文解釈相場」ともいえる様相だ。
既に、2日のフィナンシャル・タイムズ紙は「Abe says 2% inflation target may not be hit」(2%のインフレ・ターゲットは達成できないこともありうると安倍首相発言)と日銀総裁任命者である安倍首相の国会答弁の一部だけを英訳して見出しをつけている。
日本での報道に比しかなりの温度差を感じる。「経済は生き物ですから・・・」と答弁したときの一節が英語に訳され、ヘッドラインだけが市場を独り歩きしているのだ。
ダメ押しの如く「野党の前原議員の質問に答え、日銀はインフレ・ターゲットを、なにがなんでも(at all costs)追求するべきではない、と述べた」とも書かれている。
この発言の日本語での真意につき、筆者のところには欧米トレーダー・アナリストたちから、問い合わせが相次いだ。
いまや、ジャパンのアベ・クロダの名前はメディアにも浸透し、前例にない規模でのアベノミクス関連報道が連日欧米市場に流れている。筆者の35年間の国際市場経験でも初めて体験する現象だ。

その中で、日銀金融政策決定会合前夜の2日の欧米市場で、円は一時92.54円をつけた。その後93円台にまで戻したが、96円を見た市場にとって、92-93円は「円高」水準といえる。
ここまで急速な円安を常に主導してきた「国際通貨投機筋」は、「噂で円売り、ニュースで円買戻し」の動きを見せている。筆者が「国際通貨投機筋」としてスイス銀行チューリッヒの外為トレーディング・ルームで真っ先に叩き込まれた「プロの常套手段」が「噂で買って、ニュースで売る」という手法だったが、今でもトレーディングの基礎は変わらない。

最近の市場のもう一つのキーワードが"Don't fight the FED"(FRBとは戦うな)。金融当局が目指すトレンドにフォローする売買が主流だ。BOJ(日銀)がデフレ脱却政策の結果としての円安を望むなら、マーケットは敢えて「おかみに逆らう」真似はしないだろう。
円安のトレンドの中で、ドル円の売買回転が速まり、円を売っては、下がったところで利益確定の買戻しに入る。この売買サイクルを繰り返し、ソロス氏はじめヘッジファンドは昨年11月以来巨額の利益を得てきた。
その間、経済のファンダメンタルズは日本の貿易収支が拡大し、輸入増による「実需」の円売り・ドル買いがジワジワ増加しつつある。この部分は、円売りっぱなしゆえ、その分、対ドルの円相場のレンジが円安方向に確実に切り下がってゆく。
結局、投機筋のゼロサムゲームとしての短期円売買でドル円は乱高下を繰り返すが、長期トレンドは為替市場の実需により円安方向へ緩やかなれど確固たる歩みで動いている。
かつて1993年にソロス氏が英国政府を相手取ってポンドの売り攻勢を仕掛け勝利したときは、"Fight the BOE"(イングランド銀行と真っ向戦う)姿勢であった。
しかし、今回は、日本政府当局の望む方向にベット(賭けて)して、相場で勝っている。
このような市場環境を考えれば、黒田日銀は、持ち札の金融政策手段をオーソドックスに奇をてらうことなく着実に実行してゆけば、市場もついてくると思う。形容詞や副詞で語り過ぎないほうが、余計な誤解を生まず、自然なカタチで望ましい方向に市場が動くのではないか。
先述のフィナンシャル・タイムズ報道の例は、簡潔な表現で当局の真意を伝えることの難しさも重要性も示唆している。
黒田日銀チームの戦略は高校野球方式で確実にランナーの塁を進めること。幸い、先頭バッターは「期待感」というクリーンヒットで出塁した。次は、金融政策を地道に繰り出すバント作戦だ。
WBCの準決勝は、重盗失敗のような奇策のリスクを教訓として残した。
なお、ドル円相場は、第二段階で円安局面からドル高局面にシフトしている。今週でいえば、日銀政策決定会合より金曜日に発表される米雇用統計のほうが大きなインパクトを持つことになろう。

2013年