豊島逸夫の手帖

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雇用統計不安を和らげたイエレン講演

2014年4月2日


今週の目玉はなんといっても金曜に発表される米国雇用統計。その週の月曜日にイエレンFRB議長は、シカゴでの講演で、米国雇用市場の厳しい実態を強調した。ゆえに、超金融緩和継続というFRBの仕事はまだ残っている、との論旨である。
この講演を聞いた市場には「これで、雇用統計が悪くても、緩和期待で株もドルも買える」という安堵感が一挙に広がった。
では、雇用統計が良い場合は、どう反応するのか。
昨日発表されたISM製造業景況感指数が「好感」され、米国株が買われたことが、そのヒントになる。
異常な大寒波による大雪の下に埋もれた米国経済の真の状況が読めず、市場には不安感が漂っていた。そこに、3月分の同指数が53.7と出た。2ヶ月連続の上昇である。事前予想の54.0を下回ったが、市場の懸念を和らげるには充分な数字であった。
マーケットは素直に米国経済健在と読み、株もドルも買われた。この事例から推察できることは、雇用統計が良ければ、大寒波の影響も軽微と解釈され、買い材料とされるであろう、ということだ。


かくして大寒波の影響と、イエレンFRB議長の「量的緩和終了から利上げまで6ヶ月」発言に当惑していた市場は、ウクライナ情勢も小康状態に入り、 安堵感に浸り、リスクオフからリスクオンへ転換することとなった。そもそも、イエレンFRB議長が初のFOMC後の記者会見で「量的緩和終了から利上げへ は6か月くらい」と口を滑らせ、市場を当惑させたことは、明らかに「失言」であった。ハト派とされたイエレン氏の言葉とも思えず、市場は理解に苦しんだ。
しかし、31日のイエレン講演を聞くと、その失地回復の場が意外に早く巡ってきた感じだ。
さすがに、「6ヶ月」発言は真意にあらずとまでは言わなかった(言えなかった)が、米国雇用の改善が遅れていることを強調したうえで、その要因は「需要不 足」にあるゆえ、金融政策がお手伝いできる余地あり、と言い切った。労働市場における供給過多、需要不足現象を表現するためにslack(需給の緩み)と いう単語を繰り返し使った。Great Recession(大不況)という強い表現も敢えて使い、米国経済がまだ回復過程にあることを強調した。
コミュニティー・コンファレンスという、いわば「市民集会」的な集まり(といって も聴衆1100人)ゆえ、上から目線も控え、「正常化の過程は、多くの米国人にとって不況感が残る」と語った。
米国の市場関係者がネットで見せてくれた映像を見ると、そのプレゼンテーションの手法も、通常のFRB議長の講演スタイルとは異なり、非常にユニークで あった。エピソードとして「長期失業者」「賃金カットされた人」「もっと働きたいのにパートタイムに甘んじている人」の実在の3人の名前を引き合いに出す ことで、デモンストレーション効果を高めたのだ。イエレン氏のスタッフが雇用促進NPO法人などを通じてコンタクトをとり、実名での「出演合意」を取りつ けたようだ。各人の職歴まで紹介したうえで、現在はテンプで給料が低いことなどを語らせた。
単に、「労働参加率の逓減傾向」「賃金抑制」「長期失業者増」「正規雇用を望むパートタイマー増」を理論と数字で語るだけでは、「失地回復」のインパクトが薄い と読んだのだろう。


総じて、米国経済には、有事対応の非伝統的金融政策がまだ必要であることを強く印象づけた。市場には「やはりイエレン議長はハト派」との安堵感が急速に拡散した。
このような「演出」を雇用統計発表4日前にやってのけたことが仮に計算済とすれば、イエレンFRB議長は市場とのコミュニケーション・スキルにたけている、と言えそうだ。
長期的に見れば、イエレン議長も認めているように、従来の雇用統計の妥当性が問われている。バーナンキ時代は、月初の金曜日といえば「雇用統計イベント」 が開催されるほど注目の材料であったが、イエレン時代にはいり、単独の雇用統計の重要性は薄まりつつある。かわって、複数の指標の総合評価が浮上している が、これは、フィギュアスケート演技のジャッジの如く、意見が割れる悩ましさがつきまとう。FOMC内で投票権を持つ「タカ派の両巨匠」といわれるフィラ デルフィア連銀のプロッサー総裁とダラス連銀のフィッシャー総裁の評価も無視できない。そこで、各ジャッジの意見が併記されるFOMC議事録が、従来に増 して重要視されるのではないか。
イエレン議長の「6ヶ月発言」がFOMCの議論を経たうえでのコメントなのか否かも、議事録でいずれ明らかになろう。


さて、金価格の動きだが、リスクオフで一時は1390ドル近くまで買われたが、リスクオンになり、売り手仕舞われている。1280ドル近辺まで下がってきた。ぼつぼつ中国・インドの現物買いが出始めている。
円安が進行しているので、円建てでは、相変わらず下げにくい。
出版記念講演会のときに、何人もの人に東京オリンピックのときまでにはグラム7000円台の考えに変わりはないか、と聞かれた。
そういう大事な長期見通しを変えるときは、ブログで宣言するよ。
中期的には、このブログで1360ドル台のときに「私は金を売ります。プラチナは売らずホールド」と書いた。昨年の日経マネー金別冊での亀池対談や、セミ ナーでは、2014年の高値は1-3月につけるとも述べた。その中期的相場観にも変わりはない。今年はプラチナのほうが面白いという感覚にも変わりはな い。

2014年