豊島逸夫の手帖

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バークレイズ金価格操作問題の真相

2014年5月27日

バークレイズの一トレーダーが金価格不正操作を告発され、金融行為監督機構(FCA)から制裁金(約1600万円)を課され、追放処分を受けた。バークレイズも、LIBOR操作に続く監督責任を問われ約45億円の制裁金支払いを命じられた。
今回の事件の舞台はロンドン金市場の値決めの場である。
2012年6月28日の同値決め(fixing)において、顧客に不利な価格誘導を行い、不信に思った顧客から説明を求められたが、虚偽の証言をした、と告発されたのだ。
ロンドンでは毎日午前と午後の2回、「セリ」方式で金価格が決められる。値決め参加5金融機関が、それぞれ顧客の現物買い注文や売り注文を持ち寄り、買い と売りの量が見合うまで「セリ」を続けるのだ。HFT(高頻度取引)が市場を席巻する今となっては、悠長な値決め方式であるが、長期契約などのベンチマー クに使われるので、存続してきた。しかし、実質的にはもはやロンドンの値決め価格は、24時間変動する市場の午前10時台と午後3時台の一時点(値決めが 決まった時)の瞬間的価格に過ぎない。

今回の事件では、バークレイズのトレーダー一人が、当日のロンドン金値決め価格が1558.96ドルを下回るように恣意的に注文を出した。顧客が、 同価格を上回る水準で値決めされると儲かる(バークレイズは損する)仕組みのデリバティブ商品*(脚注)を保有していたからだ。結果的に、当日の値決め価 格は1558.96ドルを僅かに下回る水準で決まった。儲けそこなった顧客が怪しく思い、問いただしたところ、疑惑を否定する虚偽の説明をしたと当局は厳 しく告発している。当該顧客は約3億9千万円相当のうべかりし利益を失った。

更に、LIBOR談合疑惑が明るみに出た翌日にこの不祥事が発生したことで、バークレイズの監督責任も強く非難されているのだ。
LIBOR談合では銀行間でベンチマークとなる金利を恣意的に決定していたことが問題視された。その金利は実際の売買を伴わない「想定上」の数字であった。
しかし、ロンドン金値決めは、世界各地からの現物売買注文がセリにかけられるので、原則的に市場の需給で決まる。しかし、悪意のあるトレーダーが水増し注 文すれば、最終値決め価格に影響を与えることは出来ることを今回の事件は示した。結果論だが、性善説に基づいたシステムだったわけだ。

なお、かりにロンドンの午後3時の瞬間的価格が国際水準より割安に決まれば、同時進行しているニューヨークのトレーダーたちが、高頻度取引を用いて 瞬時に割安なロンドン市場に買いを入れる。この、市場間の「裁定取引」により国際価格は即平準化されるので、ロンドンの一トレーダーがニューヨーク市場全 体を相手に金価格全体を操作することなど、出来ようはずもない。
とはいえ、バークレイズという大手銀行のトレーダーが引き起こした不祥事ゆえ、顧客の信頼を損ねたことは間違いない。
更に、バークレイズには、値決めに参加する立場にありながら、その金価格を指標としたデリバティブ商品を販売していたという「利益相反」の問題も生じている。

金利のLIBORに次ぎ外為指標のWM/ロイターのレートにも銀行間操作が問題視されたが、今回は金価格にもその疑惑が及んだことになる。金市場全体の価格は操作できなくても、悪意を持ったトレーダーが顧客を欺くことが起きうることを教訓として示したのだ。
今後、業界のコンプライアンスが「性悪説」に基づき厳格化されることになろう。風評被害を嫌う大手金融機関が金業務を縮小することも考えられる。
1919年に始まった伝統的「ロンドン値決め」は「時代遅れ」として廃止され、例えばだが、NY先物取引所の期近価格などが代替的なベンチマークとして使われることになるかもしれない。既に、銀の値決めは廃止が決まっている。
筆者はスイス銀行外国為替貴金属部のトレーダー時代に、経常的にロンドン値決めに売買注文を出していた。中央銀行や鉱山会社から出る大口の注文を一本値で 決めるには便利な場であった。その値決めがなくなると、大口の注文を小出しにして「ザラバ」で捌かねばならないので、結果的に価格変動率が高まる結果にな ろう。
しかし、市場売買システム構築の前提が「性善説」から「性悪説」へ転換することは不可避だ。
金市場のギルド的体質の「構造改革」も必要となろう。

*脚注
当該デリバティブ商品は、ノックインオプションといわれる特殊なオプション。原資産である金の価格が一定価格(今回の場合でいえば1558.96ドル)に 達しないと有効にならない(オプションの権利行使が出来ない)。この条件がついているので、通常のオプションよりオプション料が安くなる。

2014年