豊島逸夫の手帖

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ユーロと雇用統計を見る勘所

2014年6月6日

ECBは、いよいよ日銀・FRBとの緩和競争に入った。ドラギ総裁は「外国為替レートは金融政策の目標ではない」と繰り返し述べているが、実質的に今回ECBを追加的緩和決定に追い込んだ最大の理由はユーロ高だ。

そのユーロは、FRB,日銀、ECB各中銀の「緩和度」を判断基準として相対評価で決まってゆく。(FRBは量的緩和縮小過程にあるものの、基本的に未だ量的緩和を継続している。引き締めに転換しているわけではない。)

この「緩和競争」は、大砲と機関銃連射の戦いの様相だ。日米は巨額の国債等を買い取る「バズーカ砲」。対して、5日に発表されたECBの戦法は「利下げ、マイナス金利、新種LTRO(TLTRO)」の合わせ技。明らかにECB不利の戦況だ。

但し、ECBの総帥ドラギ氏は、記者会見で、日米型バズーカ砲導入の可能性を突かれた時、「これで最後ではない。We are not finished here」と明言した。ABS(資産担保証券)購入の作業開始にも言及して、変形バズーカ導入も示唆している。国債購入型量的緩和策は、欧州の場合、「どの国債を買うのか」という根源的問題があるので、その代替案でもある。更に、その場合、不胎化オペは実施せず、と述べている。これは、市場に供給した資金を再吸収するオペをしない、ということだ。ひらたくいえば、マネー垂れ流し容認を意味する。過剰流動性の買いで上がってきた金市場では、この「不胎化せず」が注目され、金価格は10ドル近く急騰して1250ドル台を回復している。

総じてマーケット全体として見れば、「これで最後ではない」発言の今後が、従来の「なんでもやる」発言同様に注目されそうだ。変形とはいえ、本格的量的緩和を決断したときに、本丸であるユーロも持続的下落の可能性が生じる。それまでは、大砲と機関銃の戦いを強いられ、ユーロ安トレンドは望めない。(通貨戦争では、通貨安になった側が勝ちなのだ。)

中期的に見れば、米国は今年中に量的緩和を終了する。しかし、国債購入で膨張したFRBバランスシートの縮小オペには目途がついていない。日本は量的緩和の真っただ中にあり、もっぱら追加緩和が注目される。そして、欧州は変形量的緩和を検討中の段階。ECBのバランスシートは民間銀行の旧LTRO返済により縮小しているほどだ。

どうみても、短期的には「緩和不足」のユーロが相対評価で買われる地合いが続きそうだ。

唯一、ECBは「マイナス金利」を主要中銀として初めて導入という新型武器を使うが、劇的効果は期待できない。「未曽有の実験」ともいわれるが、欧州の銀行の胸算用は「これでトントン」というところ。つまり、ECBに預金を積むと課金を徴収されるが、一方でTLTROという中小企業への融資を促す新型資金供給の恩恵に預かれる、という計算が成り立つ。民間融資にまわさずECBに預金してマネーを滞留させるとペナルティー取られるという「マイナス金利」と、民間の実体経済への融資目的の資金を供給するTLTROを同時に実行しても、1+1が2になるわけではない。

かくして、5日の欧米市場では、一時ユーロが対ドルで1.350台まで急落したが、NYの引けには結局1.365台まで反騰した。

市場はECB追加緩和策パッケージに「不信任投票」を投じたわけだ。

なお、記者会見でドラギ総裁がやや気色ばむ瞬間があった。それは「金融政策で欧州経済の構造問題が解決されるか」について質問されたときだ。「そんなことは、最初の声明文に明記しているではないか。(文を取り出して)えーと、ここ、ここだよ。構造改革はまだ遠い、と書かれているでしょう。」

要は、金融政策は「痛みどめ」に過ぎず、各国の実体経済改革努力をサポートするに過ぎない「苛立ち」が垣間見えた一幕であった。

さて、次なるは、6日発表の米国雇用統計。

バーナンキ時代と決定的に異なる点が二つある。

まず、イエレンFRB議長は、雇用と同等に住宅問題を重視していること。これは、かりに雇用統計が良くても、「量的緩和は縮小しつつ、超低金利は継続。引き締めへの転換は2015年以降。」を意味する。「当面緩和継続」姿勢は変わらない。相対的に雇用統計の重要性が若干薄まってきている。

次に、雇用統計の内訳だ。これまでの「非農業部門新規雇用者数」と「失業率」の二本柱だけが注目される状況は終わった。イエレンFRB議長は、「賃金の伸び」「正社員になりたくてもパートタイマーに甘んじている人」「長期失業者」に特に注目している。シカゴでの講演で、それぞれの具体的例を実名入りで紹介したほどだ。

特に、求職を諦めた人が増加することで見かけ上、失業率が低下したこと。更に、前任者が「失業率が6.5%を割り込むことが、引き締めへの転換議論開始の一つのキッカケ」と明言していたが、予想以上に早く、アッサリ6.5%以下に下がってしまったことで、雇用統計の内訳を分析して失業の構造的要因に注目するようになったのだ。

従って、米雇用統計の総合評価は、フィギャースケートの採点に似てきた。採点項目で、新規雇用者数は最重要項目で残るが、失業率より労働参加率が重視される。過去最低水準に低迷しているからだ。加えて、平均時給と長期失業者数も相対的重要度が増している。

このイエレン方式の総合評価は、分かりにくい、という欠点がある。フィギャースケートの採点同様に、もめがちなのだ。

そこで、市場の反応も振れがちになる。

まず、ヘッドライン的に「新規雇用者数増xxxx人」と事前予想の乖離に高頻度取引のプログラム売買が反応する。事前予想より良ければ、金利高、株高、ドル高という「市況の法則」に沿った展開になる。しかし、これが一巡すると、市場は冷静になる。新規雇用者数の過去数ヶ月の移動平均、前月・前々月の修正、そして労働参加率、平均時給、平均週労働時間、長期失業者数、パートタイマー数などで著変ある項目が重視され始める。新規雇用が増えても、その後、内訳に改善が見られないと、市場の反応も、当初の値動きと反対に動き始める場合もある。結局、総合評価の全貌が、おぼろげながらも明らかになり、市場のコンセンサスが収斂するのには数時間かかることになろう。

特に、今回は、新規雇用者数の事前予測が大きく割れているので、市場の当惑も予想される。

2014年