豊島逸夫の手帖

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今年ほど、日替わりメニューのごとく、新たな地政学的リスクが連日勃発する現象は初体験だ

2014年7月29日

海千山千のベテラン・ヘッジファンド・運用マネージャーも嘆く。しかも、今年は、ボラティリティーが低い。「想定外」のイベントが生じても、資産価格は大きく変動しない。株価には上値を抑える程度のインパクト。リスクオフの円・ドル買いも限定的。有事の金買いによる金価格上昇も小幅に留まる。

いっぽうで、ヘッジファンド勤務志望のトレーダーは増加傾向が顕著である。ドッドフランク法により銀行内のリスク管理が厳しくなり、トレーディング部門縮小の動きが加速しているからだ。リストラされたトレーダーたちは、相対的に規制が緩いヘッジファンド業界に拾われてゆく。

この新規参入組は、横のつながりが強い。大組織で働いてきたので、一匹狼的な昔ながらのヘッジファンドの連中とは、明らかに異なる。トレーディングもチームプレー型に慣れている人たちなので、サラリーマン的な発想も見られる。


新規登用の人材の中でも特に重宝がられているのが、中東系とロシア語を話すトレーダーたちだ。

金の世界でも中東系ディーラーが多い。彼らの「比較優位」は独自の情報パイプを持っていることだ。例えば、中東の金融ハブであるドバイは元々、ホルムズ海峡対岸のイラン商人たちが渡ってきて築き上げた都市国家である。経済界上層部にもいまだにイラン系が多い。対イラン経済制裁が課せられても、筒抜けとなる場合もある。それゆえ、ドバイの公的席上でイランの話はタブーである。筆者が、それを知らず、タブーに触れる発言をしたとき、打ち合わせの席の雰囲気が一瞬凍りついたことが印象に残っている。

イラク戦争が勃発したとき、中東系ディーラーは事前に察知して、ニューヨーク先物市場で粛々と金を買い増していた。そして、いざ開戦のニュースが流れるや、一斉に利益確定の売りに転じたのだ。絵に描いたような「噂で買ってニュースで売る」手口。そのときの某中東系ディーラーの対メディアコメントが「有事の金は買いですよ」。したたかである。結局、踊らされた個人投資家が高値掴みする結果となった。

そのディーラーの仲間に、この6月、ウィーンのインターコンチネンタル・ホテルでばったり遭遇した。OPEC総会開催当日で、同ホテルはイラン陣営の常宿だったのだ。


足元の話になるが、28日にはイラクのクルド人自治区が「保有」する大型タンカーが米国テキサス沖で原油積み下ろし準備中の報道が流れた。イラク国内クルド人自治区内で生産され、パイプラインでトルコ国内地中海岸のジェイハンまで運ばれた原油である。このタンカーの動きを中東系ディーラーは逐次フォローしていた。

クルド人の不満は、自分たちの貴重な収入源がイラク・シーア派政権にもってゆかれること。そこで、トルコの援助を受け、自前の原油輸送インフラを構築した。

その仕向け先が米国だったわけだが、オバマ大統領も難しい判断を迫られる、思わぬ展開となった。米国原油精製所へのクルド自治区産原油受け渡しを認可したことで、マリキ政権の反発は必至だ。米国側としては同政権の独裁体制に懸念をいだき、スンニ派、シーア派、クルド人の挙国一致政権を画策してきた経緯もある。


なお、ロシア語を話せる人材も今や引っ張りだこである。

ウクライナ発の情報が市場には乱れ飛んでいるが、その情報の質を判断するにはロシア語が欠かせない。

貴金属市場では、ロシアが最大産出国のパラジウム価格がウクライナ問題で急騰している。ヘッジファンドによる買いポジションも増えている。このパラジウムの最大の民間備蓄在庫は、距離の近いチューリッヒ市場にあるので、伝統的にロシアと密接な関係が維持されている。3月18日付け日経コラム「金市場で聞こえるプーチン氏の次の一手」で「次はドネツク」と当時は耳慣れない都市を特定したのも、チューリッヒ発の情報だった。

チューリッヒの夜。ウオッカをたらふく飲んだロシア人とスイス人ディーラーがほろ酔い気分で談笑していた光景が忘れられない。

2014年