豊島逸夫の手帖

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イラク空爆とウクライナ情勢について

2014年8月11日

オバマ大統領は完全に虚を突かれていた。
ISIS(スンニ派過激派組織の「イスラム国」)のイラク北部への侵攻が予想を上回るペースで進んでいたこと、そして異教徒迫害の非人道的な残虐性がブリーフィングされたのが先週水曜日(6日)。
予定を変更して側近たちと対策を緊急協議。
週末に明らかになった米国主要メディアの報道を総合すると、そこで、初めて「虐殺」との単語が使われ、大統領が動いたという。


その24時間後の木曜日(7日)には、イラク空爆第一弾を既に命じていた。ホワイトハウス報道官も、イラク北部での非人道的行為を語り、事態の緊急性を示唆した。そこで7日のニューヨーク市場では、早くも「イラク軍事介入近し」との観測が流れたわけだ。
そして、日本時間8日午前10時過ぎに大統領緊急声明で発表。
市場にもビッグ・サプライズであったが、当のオバマ大統領にとっても、想定を上回る展開となった。
更に、間髪入れず12時間後には最初の空爆開始。
このスピードも大統領の当初の想定より速かった。
現地のクルド人少数派ヤジド派やキリスト教徒への「改宗せよ。さもなくば死を。」との迫害の過酷な実態が次々に露見するにいたり、「援助物資投下」から「ISIS拠点への電撃空爆」へ急速にエスカレートした。
大統領は「地上軍派遣」は断固否定するが、「長期化」は必至と明言している。
ISISはアルカイダより資金・武器の量を大幅に上回る規模を持つ。しかも、シリア内の同派を武器・食糧の補給基地にしている。
更に、ISIS側にとって、この米軍介入は恰好のプロパガンダになりうる。これで「対米聖戦」となり、イスラム圏での支持基盤を拡大できるからだ。既に、インドネシアでは、ISIS側からのネットによる呼びかけを閲覧禁止にするなどの措置を講じている。


いっぽう、クルド人側は米国側と実質的連合体制を組み、米国の「同盟国」同然の様相となってきた。
しかし、ホワイトハウスは、あくまで「イラク挙党一致内閣(スンニ派、シーア派、クルド人)の樹立による解決」を強く主張している。


今後の展開だが、イラク戦争の二の舞は考えにくい。だからこそ、8日金曜日の米国株式市場は急反騰した。
しかし、問題は、モグラたたきのようにISIS拠点を空爆した挙句、国境を超えた同組織を制圧できなかった場合のシナリオだ。
そこで、米国は更なるエスカレートを踏みとどまるのか。
中途半端に撤退すれば、オバマ大統領の新たな外交的失策とされ、米国の威信は更に傷つく。
既に、11月に中間選挙を控える米国内では、イラク軍事介入が、政治問題化している。
国内世論は厭戦気分が強い。民主党側は「現地米国人保護救出、そして非人道的な異教徒迫害阻止」が錦の御旗として掲げる。
しかし、共和党側は「ISISの勢力を過小評価していたのではないか」として、オバマ政権の失態をやり玉にあげる。「イラク戦争で米軍が残した武器をISISは使用して、米軍に反撃している」との指摘もある。


特に印象的な出来事は、次期大統領最有力候補のヒラリー・クリントン氏が、これまでにない厳しい口調で、オバマ政権と一線を画する発言をしたことだ。

「そもそも、シリアのまともな反体制派に、米国は援助せず、そこに過激派がつけこむ真空地帯を作ってしまった。その組織が、今やイラクに侵入しているのだ。」と雑誌のインタビューで現政権の外交政策の失策を批判している。

総じて、今回のイラク空爆は、練られた戦略に基づく行動ではない。次の一手に関する米国内のコンセンサスもまとまりにくい。

地政学的要因としての市場へのインパクトの第一波は8日の米国株式市場反騰により拡散が抑制された。

しかし、第二波、第三波の懸念は残る。


そして、ウクライナ情勢。
こちらは、8日にロシア側メディア報道で、プーチン大統領の妥協的姿勢の可能性が報じられ、市場に束の間の安心感を産んだ。
しかし、ウクライナ軍は「ロシア軍が白旗を上げねば、停戦には応じず」との姿勢を崩さず。同軍はドネツクに迫り、今週にも「ドネツク決戦」となりかねない雲行きだ。


冬季オリンピックが開催されたソチでは、いまや、ウクライナからの難民が急増中という。週末には格闘技「サンボ」の国際トーナメントが開催され、米国選手団も参加するなかで、プーチン大統領が開会の挨拶で語った。
「リング、マット、タタミの上ではスポーツ選手として戦おうではないか」
観戦中に勢い余った二人の選手がリング外に転げ落ちると、プーチン大統領自ら抱き起して見せた。
しかし、プーチンの見せた寛容な態度を額面通りには受け取る市場関係者はまず見当たるまい。


今週の地政学的要因は、イラク空爆のエスカレート状況、そしてドネツク決戦が注目点となりそうだ。

2014年