豊島逸夫の手帖

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イエレン流利上げは記録づくめ

2014年8月21日


20日に発表されたFOMC(7月)議事録要旨は次の二点を浮き彫りにしている。
まず、FOMC声明文に比し、タカ派寄りの意見が多いこと。
声明文では、タカ派の異論として、プロッサー・フィラデルフィア連銀総裁ひとりだけの名前が記されていた。
それが、議事録では、緩和から引き締めへ「比較的迅速に」と論じるFOMCメンバー数が、some(3-4名程度と英文解釈される)と表現され、明らかに増えた。
FOMC議論の内容も、「早めの利上げ」についての議論が多く、「利上げ急がず」との議論は少ない。
労働市場も「明らかに」改善とされている。
但し、FOMCメンバーの「殆ど」が、最終決断は経済データ次第と考えていることも再確認されている。
この議事録を受けて、ドル円相場は103円30銭台から103円70銭台まで一挙に円安に振れた。株価は、一瞬たじろぎ急落したが、すぐに回復。「利上げ」を「金融正常化の証し」と見て、「恐るるに足らず」との見解が徐々に趨勢となりつつある。


なお、今回の米国利上げサイクルは、1980年代以来、最も長く、最も緩やかで、且つ、最終的な金利水準が最も低いという、記録づくめになりそうだ。米国CNBCの市場関係者アンケート調査によれば、今回の利上げサイクル終了時点は、2017年10-12月期が最も多い。その時の金利水準は、回答者の平均値で3.16%である。2004年―2006年にかけての利上げサイクルの期間を上回り、当時の金利水準5.25%を2%以上も下回ることになる。


やはり、FRBのバランスシートが未曽有の規模に膨張した後の金融引き締めは「壮大な実験」だけに、慎重なペースで進めざるを得ないということであろう。
市場は、「利上げ」はもとより覚悟のうえだが、その実施段階で、「早すぎる」「遅すぎる」などの混乱が生じることを最も懸念している。それゆえ、ジャクソンホールでのイエレンFRB議長講演が従来路線からぶれず「サプライズなし」が最も好ましい。そして、その可能性が最も高い。


なお、ジャクソンホールでは、もっぱら、米国労働市場のslack(余剰)についての議論が注目されそうだ。
イエレン議長の考えはこうだ。
労働力の余剰は大きい。失業中なれど労働市場へ再参加希望組の数は多い。彼らは、賃上げ要求どころではなく、まずは就職そのものを望む。従って、賃金インフレの切迫感は薄く、引き締めを急ぐ必要はない。
これに対して、タカ派の理論的根拠となっているのが、例えば、プリンストン大学クルーガー教授の考えだ。構造的にベビーブーマーのリタイア組が労働市場から退出しているので、労働参加率低下も長期趨勢的な現象と見る。労働者の絶対数が減少する中で、短期失業者の数は減り、短期失業率は4.1%にまで低下している。これは、既に「正常化」といえるだろう。完全雇用に接近中の経済が超低金利を維持すれば、そこに賃金インフレの可能性が生じる。更に、低金利により、投資家はイールド・ハンティングに奔走して、資産バブルも懸念される。そこで、バブル(学者はexcess=過剰という単語を使うが)を予防するために「利上げ」せよとはいわない。ただ、少なくても、超低金利維持にはリスクがある。
この議論に対しては、イエレン議長は「マクロ・プルーデンシャル」政策を標榜する。その内容は、銀行のリスク資産縮小を促す、かつ、想定外の損失に備えたバッファー(緩衝材)として銀行の自己資本など財務体質強化である。


なお、ジャクソンホールでは、ドラギECB(欧州中央銀行)総裁講演も注目される。
特に、欧州経済の減速・停滞色が足元で強まるなかで、日米型本格的量的緩和を求める声も強まっている。これに対し、ドラギ総裁は、ABS(資産担保証券)購入という変則的量的緩和を検討中と語ってきた。しかし、銀行ローンを束ねて証券化したABSの市場規模は限定的で、かつ、民間銀行もABS組成してまで流動性を確保する必要性もない。LTRO(資金供給オペ)あるいは新型TLTROにより、ECBから直接資金供給を受けることができるからだ。そもそも欧州の民間資金需要も低迷している。


量的緩和の出口を模索するイエレン氏の講演と、量的緩和検討中のドラギ氏の講演の比較は興味深い。
FRBからECBへ、量的緩和のバトンタッチがスムーズにゆけば、世界的な資産バブルリスクも軽減されよう。
その間、粛々と量的緩和路線を走る日銀は、そのスピードを再加速せるか否か。
ジャクソンホールでは黒田日銀総裁も注目されている。


金価格は、FOMC議事録のタカ派寄りトーンを嫌気して、想定内の下げで、1290ドル台。プラチナも連れ安で1430ドル台。パラジウムも900ドル前後に上がってきたところで頭を叩かれ870ドルまで急落。
イエレンが現在の2%前後のインフレ率を容認して、利上げを遅らせれば、米国の実質金利はマイナス状況が長引くので、金には上げ材料となる。(銀行預金しても目減りする状況が、実質金利マイナスの意味だから。)
ポイントはドルの実質金利。


プラチナは欧州経済悪化により下げが加速しているので、「欧州景気悪化で下がったところを買い、南ア・ストライキで上がったところで売る」という市況の法則に従い、買い下がりゾーンに接近と見る。ポイントはプラチナを排ガス清浄化触媒として使うのはディーゼル車。そのディーゼル車は欧州が中心ということ。

2014年