豊島逸夫の手帖

Page1838 金は嵐の晩に輝く

2015年5月14日

今年4月、テレビの現地ロケ(日経CNBC)でギリシャを訪問した。

その際、アテネ市内にある貨幣博物館を見学したのだが、そこには古代から現代にいたる金貨の歴史を示す展示物が数多く見られた

最も印象に残った事実は、紀元前から地中海沿岸諸国で各時代ごとに同じ貨幣が「地域共通通貨」として流通していたことだ。その最新バージョンがユーロということになる。今年はギリシャのユーロ離脱の可能性が論じられているが、長期的歴史の視点にたてば、誕生後わずか14年程度のユーロは「産みの苦しみ」の段階にあるともいえるのだ。

ただし、ユーロは金貨ではない。少額貨幣に硬貨が使われているが、基本的には紙幣が流通している。

紙幣は刷れるので、景気が悪くなれば「量的緩和」政策導入により、いくらでも通貨供給を増やすことが出来る。事実、欧州中央銀行(ECB)が今年量的緩和政策を開始してから、徐々に欧州の景況感は改善しつつある。但し、紙幣を刷りすぎると、インフレのリスクがあるので、ドイツは最後まで量的緩和導入に強く反対していた。

そこで、もし、ユーロが金貨であったら、金は刷ることが出来ないので、そもそも量的緩和政策などあり得なかったであろう。通貨を乱発してインフレが生じるリスクもなかった。

ユーロ紙幣は刷れるが、金は刷れないのだ。

ただし、現在の欧州経済はインフレどころか日本型デフレのリスクにさらされている。

対デフレ政策となると、希少貴金属の金は通貨として必要な量を弾力的に増やせないことがネックになる。デフレ脱却のために、より通貨供給を増やそうとしても、金の生産量は限られているのだ。

そもそも金の価値は有史以来の生産量がオリンピックプール3.5杯分しかない、という希少性に基づく。そのようなレア・メタルを通貨として使うことは、世界の経済規模が小さかった昔ならいざ知らず、新興国を中心に世界経済が成長路線を歩む現代には馴染まない。

では、もはや金は通貨としての役割を終え、もっぱら、宝飾品やPC携帯などの部品に使われる素材となったのか。

否。ドイツ・フランス・イタリアなど主要欧州国は、外貨準備の6~7割(2000~3000トン)をいまだに金で保有している。金の公的保有ランキングの一位はダントツで米国の8133トンである。中国も官民両面で金備蓄に走っている。これらは全てIMF統計などにより裏付けられた事実である。

あまり知られていないが、ユーロ創設当時、ECBは資産の2割を金で保有するという内部的ガイダンスを課し、新通貨の信用を高める手段として金を使った。

国際通貨制度の中では、金は廃貨となり、価値の交換手段として金は使われなくなったが、価値の保存手段としては、事実上、いまだに金が広範囲に使われている。

更に、今後、民間部門でも、量的緩和の副作用=インフレの長期的ヘッジとして、「刷れない金」が一つの選択肢ではあるが、見直される可能性を秘める。

日本では、アベノミクスの成功を信じて日本株を買い、失敗したときに備え、若干の金も保有する事例が散発的ながらも出始めている。

株か金かの二者択一ではなく、株も金もポートフォリオに組み込むということだ。金のヘッジ機能は、他の資産と同時に保有することで、その効果を発揮する。欧米では「嵐の晩に金は輝く」といわれる。

ポートフォリオの中で、主役は配当金や利息を生む株・債券。金利を生まない金はあくまで脇役である。従って、保有する金の割合も資産の1割程度を目途にすべきだ。

そして、重要なことは、短期的売買で儲けを狙うのではなく、現物を長期的にコツコツ貯めて、いざというときに備えるという発想だ。

金は「儲ける」のではなく「貯める」もの。

株で攻め、金で守る、という資産運用の役割分担も明確にすべきだ。

株価は底割れのリスクがあるが、金は生産コストという下値の目途がある。2014年末の世界の平均生産コストは1208ドル。これを下回る水準は、長くは続かない。更に、2014年経済が減速した中国・インドの二ヶ国で金の年間生産量の55%を買い占めている。金の選好度が文化的に高い国柄ゆえの現象である。加えて、新興国の買いはNY金先物市場が急落したところに集中する傾向がある。インドの花嫁の父は嫁ぐ娘に金宝飾品を持参"金"として持たせる。3年後に娘が結婚すると思えば、それまでに価格が安いときに買っておこうと考えるのは当然であろう。

なお、最近、日本では相続の手段として、金が買われる事例が増えつつある。相続税課税強化により一般人でも相続税の心配をせねばならぬ時代に入った。そこで、相続資産として、不動産より金が優れているポイントが3つある。まず、現物金保有には固定資産税がかからない。

次に、金は金貨などで小分けが出来るので、いわゆる「争族」が起きにくい。更に、金はいつでも売却することができる。

最後に、金はドル建て資産なので、円安ヘッジ機能も持つことを付け加えておく。

添付のグラフで、近年、国際金価格が下落しても、国内金価格は上昇していることが検証できよう。
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(以上、日経本紙掲載原稿の原文)

なお、添付写真は、貨幣博物館館長さん、そして、金銀貨の地域共通通貨の歴史を示す展示物。

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