豊島逸夫の手帖

Page1932 VWリスクの実相

2015年10月1日

プラチナは、世界需要の約4割を、ディーゼル車の排ガス清浄化触媒に依存する。安価な素材ではないので、自動車業界もプラチナ価格動向は気になるところだ。そこで、筆者は、国際会議などを通じ、世界の自動車メーカーの特に研究所の人たちと、色々話す機会があった。

その視点で、今回の第一報を聞いた時の反応は「やってしまったか。」という呟きだった。

一定の条件下で行われる検定時の数値と、実地走行時の数値に、時として大きな開きが生じることは、業界内では、当たり前の話と受け止められてきた。現実に運転するときの、例えば、山道の斜度や風力により、数値は振れるもの。だから、「多少の誤差」はやむを得ない。誤差の許容範囲内で、有害物質排出最小化と燃費効率最大化の最適ミックスを模索する。その過程で、環境条件を微調整しつつ、数値の変化を記録してゆくわけだ。その「微調整」が、どこまで許容範囲内か、については、研究者の良心に任されてきた部分も無視できない。そこに、業界の甘えの構造の萌芽があったように思う。

他社が、若干、一部の条件を緩め、検定をパスして、大々的に「よりクリーンなディーゼル車」とぶち上げれば、それが「追い風参考記録」から、新たな基準となってしまう。そこで、自社の幹部は、「なんとかしろ。」と技術陣にハッパをかける。ギリギリの線で、最適値を追求する研究者のストレスが、酒の席で、爆発するシーンに出くわしたこともある。

そのさまを、今になって思い起こすと、技術畑と経理畑の違いはあるが、東芝のケースに酷似している。

そのギリギリの一線、いわゆるレッドラインを越してしまったのが、米国VWなのであろう。それにしても、技術者の倫理基準からは、大きく離脱した悪質な事例だ。この一件で、他の良識ある技術者たちも、自分たちは「シロ」であることの立証責任を実質的に負わされる羽目になっている。おそらく、社内コンプライアンスは更に強化され、結果的に、新たなイノベーションの芽を摘んでしまう結果にならぬか、危惧される。コンプライアンスというのは、道路の信号機と同じで、ひとたび作られると排除されることなく、増えてゆくだけだ。

次に、筆者は、ギリシャ問題をフォローしてきた立場から、VWショックが、EU内の亀裂を悪化させる可能性を懸念している。

メルケル首相も、泣きっ面に蜂であろう。

ギリシャ債務危機は、ギリギリの妥協で折り合い、「暫時」安定期に入ったかのように見える。しかし、膨大な債務全額を返済できる目途など現実的には全くたっていない。とりあえず、ユーロ離脱を阻止できた、という程度だ。ギリシャ国民も、10%にものぼる消費増税や年金カットの受け入れなど「無理筋」と肩すくめるだけだ。もともと、長いトルコ支配の歴史により、外から押し付けられたことを守ることには強い抵抗感がある国柄だ。結局、最大債権国のドイツが、IMFの勧告もあり、債務元本削減に応じなければ、早晩、ギリシャ危機再発必至である。

そこに、難民問題が悪化の一途。

ギリシャ救済より、ドイツ国内になだれこむ難民たちの救済を当面優先せざるを得ない状況となった。国民感情も、ギリシャには反感が強いが、難民たちには、人道的見地からの同情論が優る。

そのタイミングで降って湧いたようなVWショック。

技術大国ドイツの経済を根源から揺るがす事態だ。独製品への信頼性も勿論だが、米国で記録的な集団訴訟が起こされる可能性が日に日に高まり、財務面で国によるVW救済不可避の可能性も視野に入ってきた。

これまで「ドイツ一人勝ち」の構図でユーロもEUも支えられてきたが、そのドイツの求心力が急速に失われつつある。

ギリシャ問題はアテネ発、難民問題はシリア発だが、VW問題は、メルケル首相のお膝元のドイツを代表する企業で生じた。

VWショックを、「オーンゴール」だとニヤニヤして見つめる欧州諸国も少なくなかろう。

ギリシャ危機であらわになった、EU内の経済格差は、難民問題で政治問題の様相を強め、VW不正問題で、更に悪化するは必至の状況だ。

加えて、スペインのカタルーニャ州では、選挙で独立派が過半数を獲得した。ギリシャの急進左派連合が、「ごね得」のような形で第三次救済を受けたので、「正直者は損」のごとき風潮が欧州各地で顕在化している。

欧州漂流。

VW問題は、EU分裂のリスクをひめる。

なお、本件については、明後日土曜日のABC朝日放送の90分情報番組、生出演で説明します。OA後、you tubeで流れるはず。ツイッタ―で告知します。

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