金価格が上がって困る人は?

Page722 金価格が上がって困る人は?

2009年7月29日

原油が値上がりすれば、即、ガソリンスタンドで、庶民がその「痛み」を感じる。穀物も然り。しかし、金価格が上がっても、直接家計に打撃を与えるようなことは、まず考えられない。別な表現をすれば、金は「役立たない」とも言える。日常生活との接点が少ない。せいぜい、宝飾品とか携帯、パソコンの部品程度であろう。そのうえ、資産として保有しても、利息も配当もつかないから「不毛の資産」とも言われる。

そもそも、金現物に投資されたマネーは再生産に向かわない。運用されることがないから、金利もつかないし、また破綻などの運用リスクもゼロである。この後者の部分は、当たり前のこととされてきたが、サブプライム以降、にわかに、この信用リスクゼロということの「ありがたみ」が認識されるようになった。

また、原油、穀物のような、価格が上がると庶民が困る商品の価格が先物投機により乱高下することが問題化し、最近は原油の投機規制問題が真剣に議論されている。この問題は「投機家」という存在のデメリットとメリットを改めて考える良い機会であろう。

そもそも、シカゴに商品先物取引所が出来たキッカケは、当地が穀物の集散地であり、収穫期に穀物価格が変動することで農業経営が安定しないという問題の対策として、「ヘッジ」という機能が必要とされたからである。3月の種まきの時点で、9月の収穫期に売れる値段を確定できたら、どれほど便利かという発想が自然に生まれた。ここがまさに商品先物取引の原点である。お百姓さんの生活を守ることから始まったわけだ。しかし、いざヘッジということになって、大きな問題に気がついた。農家が9月渡しの先物で売りたいといったときに、買ってくれる相手がいないと、そもそもヘッジ売りは成立しないのだ。そこで、みずからリスクを取り、農家の売りの相手方を勤めようという人たちが自然発生的に出てきた。「投機家=speculator」の誕生である。

だから米国の「投機家」には、「農家の経営安定化に貢献している」というような「誇り」みたいなものさえあった。著書「金を通して世界を読む」の79ページ、投機マネーの実態の章で引き合いに出したエピソードであるが、筆者がトレイニーとしてスイス銀行からシカゴのカーギルという穀物取引会社に派遣されたときのこと。あるプロのスペキュレーター(投機家)と知り合い、彼の家の夕食に招かれた。中学生の息子さんを交えての食卓で、話題はPTAの授業参観日のことになった。そこでお父さんが職業を学校側の書類に書くことになって、彼は胸を張って「プロフェッショナル・スペキュレーター」と記したという。息子もお父さんはお百姓さんの役に立っている立派な職業なのだと誇らしげに語っていた。

筆者のもう一人の友人のスペキュレーターはハーバード出身のエリートで、父の残した財産を元手にNYのフロアでローカルと呼ばれる自己勘定売買を行うトレーダーになっていた。

しかし、今や、スペキュレーターの実態は大きく変わった。売買ソフトウエアや、大量に売買をこなす電子取引というハードウエアも発達し、機関投資家の一部が巨額の投機的売買を瞬時に実行するようになった。こうなると、短期的には需給ファンダメンタルズから遥かに乖離したところに、「売買均衡価格」が収斂する結果となる。ただし、短期投機売買はゼロサムゲームであるから、長期価格トレンドを決するのは結局需給ではあるが。

そこで、短期的投機を規制しようとの議論は当然と思う。そもそも、株や債券や外為に比し市場規模が小さい商品先物市場に、株や債券や外為向けに開発された電子取引システムを導入する必要があるのかとも思う。四畳半の部屋を掃除するのに業務用の掃除機は不要であろう。

ただし、著書の見出しにも書いたとおり「投機家はマーケットに流動性をもたらす」ことも事実だ。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くの喩えのごとく、あまり規制に走りすぎると、そもそもヘッジ売買が成立しなくなったり、成立してもお百姓さんは買い手(=投機家)が少なくなって、とんでもなく安い先物価格で売る羽目になるかもしれない。マーケットに潤滑油は必要である。問題は、その潤滑油をコントロールするようなシステム作りだと思う。

なお、金は冒頭に述べたように、価格が上がって困る人は比較的少ないので、規制の対象にはなりにくい。まぁ、金価格が上がって困るひとといえば、中央銀行かな。以前、日経ゴールドコンファンレンスという金関連国際会議で、日銀の某高官が挨拶に立ち、「金価格は中央銀行家にとって通信簿のようなもの」と述べたことがある。一国の金融政策が節度を保って運営されれば、自国通貨に対する信認も薄れることなく、代替通貨としの金購入に個人投資家が走ることもあるまい。金価格が下がるということは通信簿の評価が高いということなのだ。

グローバルに見れば、そもそも金を買うという投資行動はドルに対する不信任投票のようなもの。その意味では、金が上がって一番困るのはオバマ大統領とバーナンキFRB議長なのかもしれない。