「日本人の心から学ぶ」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

お元気でしょうか。吹く風もさわやかな季節になりました。

今回は、みなさんと一緒に、日本人とはどんな民族なのかを考えてみたいと思います。

オリンピックも間近となり、外国の方と触れ合う機会が増える中、ふと、私たち日本人が誇れるものは何か、どのようなアイデンティティを持っているのだろう、と自問してみても、明確に答えられる人は少ないのではと思います。

当たり前なこと、身近なことほど、意外と知らない場合が多いのです。言葉にするとなると、なおさらです。けれども、それを考え、分かりやすく言語化することによって、これからの未来に向けて、どのように「お金」を扱っていったら良いのか。そのヒントが見つけられるような気がします。

まず、私の考える日本人の心の特徴をお話しましょう。

三つの大切があります。これらは私たちが潜在的に大切にしてきたものですから、きっとみなさんも腑に落ちるところがあるでしょう。

一つ目は、「いただく」という心です。日々の会話でも「いただく」という言葉はたくさん使われていますね。日本人はこの言葉が大好きなのです。そこにはどんな意味があるのでしょう。

「いただく」とは、山の突き出た峰を表し、山の頂きというような高い位置のこと、すなわち自分の頭よりも高いところを意味しています。

ですので、「いただく」とは、社会や人からしてもらったり、与えてもらったりしたものを、決して粗末にせず、高いところに置くという深い感謝の心持ちなのです。

そうです。とにかくすべてに対して感謝をする。ものを大切にする。もったいないことをしない。これが私たち日本人の心の根にある「いただく」という姿勢なのです。

二つ目は、「捧げる」という心です。この言葉は、「いただく」につながった、とても日本人らしい特徴と言えるでしょう。

「捧げる」とは、いただいたものを自分の中を通して、さらにより良いものにしてお返しをする、もしくは与えることを意味した心持ちです。単に持っているものを与えるのではなく、いただいたものを自分でしっかりと吸収し、もっと良いものとして生まれ変わらせて、外に出すというように、還元させること。

ここで分かるのは、どんなものでも「いただく」と「捧げる」は、常に繰り返し循環する関係であることです。

そうすることで、はじまりは、ほんの小さな種のようなものであっても、「いただく」と「捧げる」という心の連鎖によって、それらは少しずつ成長し、いつしか美しく立派な花が開くように思うのです。

三つ目は、「静けさ」という概念です。これは日本人がもっとも求めるものではないでしょうか。言い換えれば、「静けさ」は、「安心」であり「落ち着き」とも言えるでしょう。

とにかく、日本人は、心が安らぐ静けさ、落ち着いた状態をひとつの美学として求め、そして大切にしてきた民族なのです。

安らぎとも言える「静けさ」は何によってもたらされるのでしょう。それは、先にお話した「いただく」と「捧げる」によって開いた花といった賜物なのです。

私はいつもこんなふうに考えます。一生懸命に働いて「お金」をいただく。その感謝の表れとして、自分を通して、さらに「より良いもの」にして捧げる。捧げるものは何か。その多くは仕事ではないでしょうか。より良く仕事をする。そうすることによって得る「いただく」お金や信用、もしくは学びや成長によって、心の「安らぎ」が生まれ、豊かな喜びとなる。

このように日本人とは、「いただく」と「捧げる」。そして「静けさ」。この三つのつながりにしあわせと誇りを見出している民族なのです。

そこで私はこんなふうに考えてみました。お金にとっての「静けさ」とは何でしょう? また、お金を「いただく」や「捧げる」とは、どうすることなのでしょう?そこにこそ、これからさらなるグローバル化が進む社会で、私たち日本人が豊かになるヒントがありそうで仕方がありません。

まだまだ、学びは尽きません。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。