分かったつもりにさせない! 金融・投資用語 AtoZ Vol.6 | 2018.07.30
ビッグマックの販売価格で経済を知る
金融・投資用語AtoZ
“ビッグマック指数”
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GOLD PRESS 編集部

GOLD PRESS Editors

 世界には実に様々な
 経済指数があります。

 その中でも異色なのが、
 英国の経済誌が考案した
 「ビッグマック指数」です。

 

経済には世界の動きを数字で表現する様々な「指数」があります。学校で教わる「GDP(国内総生産)」のような世界共通の経済指標もあれば、「日銀短観(全国企業短期経済観測調査)」のように日本だけを対象にしたものもあります。

また、経済指数を発表するのは行政府・中央銀行だけではありません。東京証券取引所の「TOPIX(東証株価指数)」のように、民間が発表する経済指数も同じくらい重要です。

そうした経済指数の中にあって、異色ともいえる存在があります。それが今回ご紹介する「ビッグマック指数」です。

I. 誰もが理解できるシンプルな経済指数

ビッグマック指数は、マクドナルドで販売されているシグネチャー「ビッグマック」の各国での販売価格をもとに算出されています。

この説明を読むだけで、ビッグマック指数の意図を直感的に理解した人も多いはずです。なるほど、マクドナルドは世界中にある、だからその人気メニューを価格面で比較して、その国の物価や消費者の購買力を探ろうというわけだな、と。

その直感はまさに正しいのです。ビッグマックは要求される仕様(素材・構成)こそ世界でほぼ共通していますが、食材などは各国現地法人が価格交渉を経て仕入れています。日本の場合は、パティの材料はオーストラリアとニュージーランドから輸入した牛肉で、バンズはアメリカやカナダから輸入した小麦粉で、レタスは日本だけでなく台湾やアメリカから輸入して調理しています。これがハンガリーのマクドナルドであれば調達先も仕入れ値も大きく変わるでしょう。この他にも、店舗の賃料や人件費なども国によって大きく異なってきます。

そう考えると、ビッグマックの価格が国によって異なるのは当たり前のこと。仕様は同一なのに商品の生産費用が異なるのですから、それらが反映されて決まる価格も当然異なるというわけです。だから、ビッグマックの価格を通してその国の法人・個人の購買・消費傾向と何らかの関係が分かるのではないか、その国の物価が分かるのではないか、と考えられているのです。

II. 一物一価の法則

ここでひとつ思考実験をしてみましょう。関税などの貿易に関する障壁がまったくない世界があり、そこでは自由な取引が行われているとしたら、国が違っても同じ物は同じ価格で販売されるのではないでしょうか。これを「一物一価の法則」といいます。今回のテーマに引き寄せるなら、「ビッグマックはどこの国でも同じ価格で販売されている」ということになります。

この一物一価の法則が成り立つような2国間の為替相場を「購買力平価」といいます。もし日本でティッシュが220円で販売されており、同じティッシュがアメリカでも2ドルで売られている時、1ドル=110円なら購買力平価が成立しています。

このような一物一価の法則に従った場合の為替レート決定要因のひとつを説明するのが「購買力平価説」です。もちろん、貿易障壁は存在しますし、消費税など各国固有の税制もありますから、先に述べたような理想空間は存在しません。ですから、理想空間=極限まで自由な市場では一物一価になるように為替レートが動くのではないか、という仮説として提案され、世界中の経済学者によって研究されています。

購買力平価説には、「絶対的購買力平価説」と「相対的購買力平価説」があります。ティッシュを例に説明したのは、絶対的購買力平価説のほうです。

ここでビッグマック指数に戻りましょう。この指数は、「ビッグマック」の各国での販売価格をもとに算出されていましたよね。ビッグマックは一物一価ではありませんが、思考実験としてビッグマックの価格を比較すると各国の為替レートを予測できるのではないか、というのがビッグマック指数なのです。

III. ビッグマック指数最新版

ビッグマック指数は毎年1月に最新版が公開され、2018年も同様に公表されました。その最新のデータをもとにビッグマック指数を見ていきましょう。

最新版によると、日本でのビッグマックの価格は380円(1月の最新データ公表後に390円になりました)、米国では5.28ドルです。1ドルあたり71.97円で、これがビッグマック指数になります。ちなみに、本稿執筆時点で最新の為替レートは1ドル=107.12円。ビッグマック指数のコンセプトにもとづいて考えると、為替相場は今後ますます円高ドル安になっていくだろう、と予測します。

ここで一休みして、誰もが気になるデータを紹介しましょう。ビッグマックの販売価格が高い国・地域のランキングです(すべて米ドルベースでの算出、円は1ドル=107円で換算)。

1. スイス(6.76ドル、723.32円)
2. ノルウェー(6.24ドル、667.68円)
3. スウェーデン(6.12ドル、654.84円)
4. フィンランド(5.58ドル、597.06円)
5. 米国(5.28ドル、564.96円)

次に販売価格が安いランキングを示します。

1. ウクライナ(1.64ドル、175.48円)
2. エジプト(1.93ドル、206.51円)
3. マレーシア(2.28ドル、243.96円)
4. ロシア(2.29ドル、245.03円)
5 .台湾(2.33ドル、249.31円)

なお、日本はドルベースで3.43ドル(先述したとおり、現在は390円で販売中)。調査対象国の全57か国中、高価な国から数えて36番目、安価な国から数えれば22番目と、先進国のなかではとても安価に提供されている国といえるでしょう。

米ドルとほとんど差がない国=購買力平価に近い国は、カナダの5.26ドル(差はマイナス2セント)、イタリアとフランスの5.14ドル(同マイナス14セント)などとなっています。

IV. 算出するのは世界最強の経済誌

ビッグマック指数は、誰もが理解できるコンセプトを考案した点と、購買力平価説という経済理論をベースにしているという点で、二重の面白さを持っているといえます。優れたアイディアであり、子どもでも理解できる上に、深掘りするとしっかりした経済理論がベースになっている──なんだか英国的なユーモアを感じませんか?

それもそのはず、ビッグマック指数は英国の経済誌『エコノミスト』によって考案されたのです。1843年に創刊されたエコノミスト誌は、世界中のビジネスパーソンに愛読されている世界で最も著名な経済誌です。

巻頭には「The world this week(今週の世界)」と題した定期コーナーがあり、2ページで簡潔かつ平易に、しかし漏らすことなく国際政治と経済に関するマクロ視点の分析を載せています。年末には「The world this year」と題して、こちらも2ページでその年の世界の動向を鮮やかな手さばきで整理して伝えています。

経済誌の定番である国際政治の個別課題や単一企業に材を取った長文レポートもありますが、他方で新しい経済理論や科学技術の最先端の研究、書評に芸術と、現代を生きるビジネスパーソンの糧になるような情報が多数掲載されています。

英国らしい皮肉を効かせた記事もあれば、メディアとしてストレートに思想を主張する記事もあり、日本にも読者が多いのも頷けます。

2004年1月にはビッグマック指数と同じコンセプトで、スターバックスのトールラテの価格を題材にした「トール・ラテ指数」も発表しました。

創刊176年の老舗経済誌が考案した経済指数は、これからも私たちを楽しませてくれそうです。

Ⅴ. まとめ

1 “ビッグマック指数は、ビッグマックの各国での販売価格をもとに算出されている”
2 “平易なコンセプトでありながら、経済理論「購買力平価説」をバックボーンにしている”
3 “英国の老舗経済誌『エコノミスト』が考案した”

文: 冨田秀継
Words: Hidetsugu Tomita

イラスト: 中根ゆたか
Illustration: Yutaka Nakane

インフォグラフィック: 金田介寿
Infographics: Kaiju Kanada

キャラクターイラスト: キムラみのる
Character Illustration: Minoru Kimura