「お金に変わるもの」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。

最近、仕事で上海を訪れることが多く、そこでの人々の変化していく暮らしから、いろいろな学びを得ています。

ご存知の通り、中国における大きな変化は、スマホによる電子決済システムです。

現在の中国では、お金を持ち歩かない暮らしがあります。

暮らしのすべてをスマホで決済するので、誰が、どこで、何を、いつ、買い物したのか、もしくはお金を使ったのか、誰と付き合っているのかという人間関係さえも、即時データとして集められます。たとえば、ちょっとした個人間のお金の貸し借りも、スマホ決済で行われるのです。

そのお金の使い方によって、個人の信用情報がスコアで可視化され、人々はお金を使いながら、自分の暮らし全体を、品行方正で、信用に値するものにしようと頑張るのです。

なぜなら、信用が低いと、就職できなかったり、住居の賃貸契約を結べなかったり、中国で人気のレンタル自転車を借りることができなかったり、電車や航空機のチケットを買えなかったりなど、他にも暮らしの不便がたくさん発生するそうです。

「治安が良くなった」「騙されたり、お金を盗まれる心配がなくなった」と、多くの中国人は言います。犯罪やいざこざのほとんどの原因がお金だったからです。

このことで思うのは、お金そのものの価値の大きな変化です。以前、書きましたが、本来、お金とは、「価値の保存」と、「価値の尺度」と、「価値の交換」という機能のためにあります。

そんな絶対的な存在だった、お金に変わるものとして、今は、信用とか信頼というものの価値が高まっているのではないかと思うのです。

要するに、信用や信頼によって、「価値の保存」と、「価値の尺度」と、「価値の交換」という機能が果たされる未来がやってくるのではないかということです。

極端な言い方をすると、たとえば、働いて得る給料をお金でもらうか、それとも信用や信頼でもらうのか、どちらが良いかと考えた場合、信用や信頼のスコアでもらったほうが良いと思う社会に変わりつつあるのではないかということです。

違う言い方をするならば、お金そのものよりも、自分のSNS、たとえばインスタグラムやYouTubeアカウントをフォローしてもらったほうが、暮らしの原資として、お金よりも価値があるのではなかろうか。インスタグラムやYouTubeのフォロー数というスコアを、賢く運用したほうが豊かになれるのではないかということです。

「賢くお金を貯める」ではなく、「賢く信用を貯める」時代なのかもしれません。

もともと、お金=信用であったけれど、その関係性が変化し、「お金」と「信用」は、別の価値を持ち始めているのは確かです。影を潜めていた、新しい何かしらの価値が、これからはお金よりも価値の高いものとして現れてくる時代なのでしょう。

「たくさんのお金」よりも持っていたい、「たくさんの何か」。

お金を何に変えていくのか。そのことについて、次回もう少し考えてみましょう。

それはきっと、これからの私たちに必要なお金の使い方のヒントなのです。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。