2月初旬に発生した世界同時株安で、
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ここ数年、米国の株式市場は好調を維持してきました。リーマン・ブラザーズが破綻して起こった世界的な金融危機から素早く脱却し、もうすぐ10年が過ぎようとする今日では好景気を謳歌しています。
そんな米国株式市場に激震が走ったのが2月5日でした。ダウ平均株価が一時マイナス約1600ドル、終値ベースで1175ドルも下げるという史上最大の下落幅を記録したのです。日経平均株価もダウ平均の暴落につられて急落。さらにダウ平均が2月8日にマイナス1032ドルを記録すると、日経平均もさらに下げて……と、日経平均は2月5日からの1週間で約1400円もの下げ幅を記録しました。
世界的な同時株安の原因は、研究者やエコノミストが様々な論を提示していますし、メディアもニュースから解説まで大々的に報じました。
そうした論考や報道のなかで「恐怖指数」という言葉をご覧になった方もいるのではないでしょうか。今回はこの物々しい言葉を解説します。
I. 恐怖指数(VIX指数)とは?
「恐怖指数」は、俗にいわれている名称です。正しくは「Volatility Index(ボラティリティ・インデックス)」で「VIX指数」と呼ばれており、シカゴ・オプション取引所が発表しているものです。同取引所は、米国の大企業500社の株価をもとに算出する株価指数「S&P 500」を使ってVIX指数を算出しています。
以上をまとめると、次のようになります。
「恐怖指数=VIX指数は、S&P 500を対象にしたオプション取引のボラティリティをもとに算出した指数」
ここまでの説明で、恐怖指数を理解するための3つのキーワードが揃いました。それが「ボラティリティ」「オプション取引」「S&P 500」です。順番に見ていきましょう。
II. ボラティリティとは?
英語に「volatile(ボラティル)」という形容詞があります。辞書では「揮発性の」という化学の用語が挙がっていますが、続いて人や性格、情勢などが「変わりやすい」「不安定な」という意味として紹介されています。
この「volatile」の名詞形が「volatility」=「ボラティリティ」です。「揮発度」や「変わりやすさ」「不安定さ」を意味する言葉です。
これが転じて、金融用語では「商品の価格が変わりやすいこと」を意味するようになりました。この「商品」が「株式」であれば、株価が変わりやすい=株価が短期間で上下することを意味します。その変化があまりに急激なら「株価が乱高下している」とも表現できるでしょうね。
はじめに示した説明文で、VIX指数は「オプション取引のボラティリティをもとに算出」と書きました。これは「オプション取引の値動きの変わりやすさをもとに算出」と言い換えられますよね。では、「オプション取引」とはなんなのでしょうか?
III. オプション取引とは?
オプション取引については、東証などを運営する日本取引所グループの説明が簡潔にして明解、要を得ています。該当箇所を引用してみましょう。
一般的にオプション取引とは、
1. 将来の予め定められた期日に
2. 特定の商品(原資産)を
3. 現時点で取り決めた価格で売買する「権利」
1によると、オプション取引の時間的対象は“今”ではなく“未来”だということが分かります。そして2の「原資産」は、オプション取引のもとになる金融商品などを指しています。
オプション取引の理解を難しくしているのは、3の「権利」です。1〜3の文章を読むと、オプション取引は「今日決めた価格で1か月後の株を売る(買う)のだな」などと思ってしまいがち。けれど、正しくは「今日決めた価格で1か月後の株を売る(買う)、権利を売る(買う)」のです。再び日本取引所グループの説明から引用しましょう。
先物取引が、売買の契約なのに対しオプション取引は権利の取引になります。例えば、パソコンのニューモデル(価格未定)の購入にあてはめてみましょう。先物取引が来年ニューモデルを20万円で購入する予約をするのに対し、オプション取引の場合はニューモデルを20万円で購入できる「購入券」を500円で買うイメージです。仮に、パソコンの価格が17万円に決定しても、先物(予約)なら20万円で買わなくてはなりませんが、オプション(購入権)は、その権利を放棄して、現在の市場で17万円で買うという選択をすることができます。
※実際のオプション取引には券面等がありません。
つまり、オプション取引の数値は、“将来の投資家の心理を表している”ということができます。例えば、オプション取引市場のボラティリティが大きければ、“投資家は、将来の株価の変動が大きいと見込んでいる”と読むことができます。
それでは次に「S&P 500」を理解しましょう。
IV. S&P 500とは?
世界中から投資資金が集まる米国には、実に様々な株価指数があります。日本のニュースでも「ダウ平均株価(ダウ工業株30種平均)」や「ナスダック総合指数」が頻繁に取り上げられますよね。この2つと同じくらい重要視されているのが「S&P 500」で、これは米国の主要な取引所から500の銘柄を厳選して算出されています。以前、「金融・投資用語AtoZ 今、米国ETFが人気を集める理由とは? 」という記事でも紹介しました。
S&P 500は、好景気に沸くアメリカ経済の象徴のような指数です。2009年2月に735ポイントを付けて以降、多少の浮き沈みがありながらも一貫して上昇し続け、2018年1月には2823ポイントを記録しました。約4倍もの成長を記録しているのです。
これほど急激に上昇し続けている指数ですから、S&P 500に連動する金融商品も大きな人気を呼びました。多くの人が「S&P 500は成長し続けること」を見込んで、この指数を構成する個別銘柄や、連動するETFなどを購入してきたのです。
機関投資家はS&P 500が上昇し続けることを見込んできたはずですが、他方で暴落した時のための対策も打っています。それが先ほど説明した“将来の予め定められた期日に 特定の商品(原資産)を現時点で取り決めた価格で売買する権利である、オプション取引”です。つまり、「暴落するかもしれない将来に(将来の予め定められた期日に)」「S&P 500関連の金融商品を(特定の商品(原資産)を)」「現時点で取り決めた価格で売る『権利』」を買い続けるのです。逆張りしておくのですね。
何らかの異変が起きてS&P 500が暴落すると、そこに連動して、オプション取引の値も激しく動くことになります。“S&P 500を対象にしたオプション取引”の値が大きく動く、つまりS&P 500対象のオプション取引のボラティリティが高まります。
「恐怖指数=VIX指数は、S&P 500を対象にしたオプション取引のボラティリティをもとに算出した指数」とご説明しました。
S&P 500とVIX指数のグラフを重ねると、逆相関関係(S&P 500が上がると、VIX指数が下がる。S&P 500が下がるとVIX指数が上がる。)を示しているのも頷けます。
ではこれが、なぜ、“恐怖指数”と呼ばれるのか?というと、
ボラティリティの大きい相場は、株価が乱高下する相場と言えるので、大きく利益を出す投資家がいる一方で、油断をすると大きく損失を出す投資家も出てきます。それはつまり、投資に関わる人々が“恐怖を覚える時期”といえます。そのようなボラティリティと連動した指標で、恐怖度合が見えてくるため、“VIX指数は恐怖指数”とも呼ばれているのです。
Ⅴ. まとめ
1 “オプション取引は投資家の将来の投資心理を表す”
2 “VIX指数は、S&P 500を対象にしたオプション取引のボラティリティ(変わりやすさ)をもとに算出している”
3 “オプション取引のボラティリティは投資家の未来に向けた恐怖心理と関係が深いため、VIX指数は「恐怖指数」と呼ばれる”
文: 冨田秀継
Words: Hidetsugu Tomita
イラスト: 中根ゆたか
Illustration: Yutaka Nakane
インフォグラフィック: 金田介寿
Infographics: Kaiju Kanada
キャラクターイラスト: キムラみのる
Character Illustration: Minoru Kimura