「ものを大切にするとは」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

暑い夏も過ぎ、過ごしやすい季節になりました。

お元気でしょうか。

今回は、暮らしにおいて、ものを大切にするということについてお話しようと思います。

ものを大切にするという考えは、私たちのお金を守ることでもあり、忘れてはいけない暮らしの知恵でもあるのです。

幼い頃、「ものを大切にしなさい」と両親によく言われました。その教えは大人になった今でも心の中に刻まれています。

では、なぜ、ものを大切にしなければいけないのでしょうか。大切にするとはどういうことなのでしょうか。

まず一番に言えることは、そのものに対する感謝の気持ちから生まれる所作であり、敬意の現れです。私たちが、ものに感謝するのは、それを作った人への感謝でもあります。

感謝から生まれる、ものを大切にする心をもう少し深堀りをして分かったことがあります。

それは、私の知る資産家の多くに共通していることで、人一倍、持っているものをとても大切に扱っているということです。

彼らは基本的に、使っていくうちに減っていくものといった消耗品にお金をかけようとはしません。減っていくというのは、言わば価値が下がるということです。買った瞬間から価値が下がっていくものに、お金をかけようとは思いません。そのものを使うことで、減ったり、価値が下がるなら、その下がり方をゆっくりにしていきたい。できるだけ長く使えるように、ものを大切にするという考えです。

テイッシュペーパーも消耗品ですね。一枚で足りることに、二枚三枚と使ってしまう方は意外と多いと思います。賢い資産家は一枚を大切に使います。

他人から見ればケチと思われるかもしれませんが、ケチというのは大抵、ものを大切にする人に対して、無駄使いしている人の言葉なのです。

反面、賢い資産家は、手にした途端に価値が上がるもの、もしくは価値が安定しているものについては、お金を精一杯かけようとします。そういうものをいつも探しているのです。そして「もし買えるなら、ぜひ買いたい」と言い、手にできたら、それはそれはとても大切に扱います。

それらの多くは、「実物資産」と言われる、高級車や不動産、高級時計であったり、アンティークや美術品であり、「実物資産」として歴史のある金もそうですね。その人の目利きで左右する、リセールバリューが安定しているものばかりです。

「これらを所有している間に、自分の不注意や扱い方が原因で、価値が下がるようなことにならないように大切にしています。なぜなら、これらはお金以上の価値がある資産ですし、いつかリセールするかもしれないからです。」

ある資産家は私にこんなふうに話してくれました。

「けれども、大切にするという気持ちを保つのは難しいんです。これは自分のものだからと思うからです。」とも言いました。

「では、どういう気持ちで、大切にするんですか?」と私は聞きました。

「なんだかおかしな言い方ですが、『これはお客様のもの』だと思うと大切にしますね。それは確かに自分が買ったものですが、とは言え、一旦、自分が預かっているものと思って扱えば、自然と大切にします。そんなふうに大切にすれば価値は保てるのではないでしょうか。」

資産家の方はさらにこんなふうに言いました。

「分かりやすく言うと、車は、必ずリセールバリューの高い高級車を選びます。そして、道幅の狭い場所などで、無理な切り返しや、死角があるような場所で動かすことはしません。ぶつけてしまったり、ホイールをキズつけたりしてしまう可能性があるからです。周りから笑われようとも『これはお客様のものだから』と言って大切に扱うのです。」

自分のものなのに、お客様のものと思う考えに、私は少々驚きましたが、なるほどと感心しました。

消耗品にはお金をかけずにできるだけ長く使えるように大切に扱う。「実物資産」にはお金をかけて、お客様のものと思って大切にして価値を保つ。

今、私たちはどんな資産を持つべきか。言わば、お金をどう扱うべきなのか。しっかりとポートフォリオを見直す必要があると思います。

今の時代、ものを大切にする、という考え方においては、そのものが消耗品であるよりも、できるだけたくさんの「実物資産」でありたいと私は思います。「実物資産」は、選び方さえ間違えなければ、価値が安定しているからです。

それなら、その「実物資産」をどんなふうに大切するのか。自分のものだからどうでも良い、ではなく、「お客様のもの」と考えること。これもひとつの資産を守る知恵であり、大切な心がけだと思います。いかがでしょうか。

ものを大切にするとは、そのものの価値を下げない、ということなのです。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。