「数字から逃げない」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

今年も後半になりました。いかがお過ごしでしょうか。

今回は、お金を学ぶ上で、とても大切な数字との関わりについてお話しましょう。

いわゆるお金持ちと言われる人たちは、当然ながら数字に強いと言われています。本当でしょうか? 

私の知るお金持ちの方の多くは、確かに数字に強い人が多いのが事実です。しかし、彼らは最初から数字に強かったのかというと、そうではありません。数字に強いというよりも、数字から逃げなかった、というほうが正しいのです。

ひとつおもしろい話をしましょう。お金持ちの方にこんな共通点があります。それは「今、体重はどのくらいですか?」と聞くと、小数点まで正確に即答できることです。それはなぜか。彼らは自分の健康管理の一環として、毎日体重計で、自分の体重を量っているからです。

体重というのはひとつの数字。数字というのは嘘偽りのない現実です。その現実から逃げずに向き合う。たとえば、暴飲暴食して体重が増えることもあるでしょうし、不摂生して体調を崩し、食欲を失い、体重が減ることもあるでしょう。

健康管理のために、体重という数字を毎日確認することは、言わば自分の生活習慣の結果と向き合うことであり、それは決して嬉しいことだけではなく、できれば知りたくない嫌なことでもあります。

「ああ、最近太ってきたなあ」と感じる時は、その現実と向き合いたくないために体重計にのることを避けるようになり、何か月かぶりに量ってみたら、手の施しようがない状態になっているパターンは決して少なくありません。

毎日体重をきちんと量ってさえいれば、手の施しようがなくなる前に、食生活の改善をするでしょうし、いつの間にかこんなに体重が増えたと驚くこともありません。

要するに、数字という現実は、常に嬉しいだけではないからこそ、その現実から逃げてはいけないのです。

毎日のようにきちんと数字を見て、確かめることがとても大切なのです。最も優れたダイエット法は、毎日体重計にのることと言われているように。

お金の場合の数字とは、主に収入と支出、そしてストックとフローです。

たとえば、今月は、お金を使い過ぎて支出が増えた。その理由はいろいろとあるでしょうが、使い過ぎた後ろめたさもあり、そのフローを見たくない。まあ、なんとかなるだろうと目をつぶってしまうのが人間です。

しかし、そんなケースにおいても、しっかりと体重計にのるように、お金持ちの方は、使ったお金の現実という数字と向き合い、自分の弱さや至らなさという事実を受け入れます。そうです。まさに数字から逃げない。そういう姿勢の結果、自然と数字に強くなっていくのです。

あるお金持ちの方のひとりは、買い物をする際、必ず値段の比較をすると言います。これを買うよりもこれを買えば、半額で済むとか、見た目は一緒だけど、値段が違う理由を調べたりというように。決して一番安いものを買うことが目的ではありません。一番コストパフォーマンスの高いものを選ぶ。これも数字から逃げないことのひとつです。

数字というのは、良い結果の時もあり、当然、悪い結果の時もあります。特に悪い結果の時こそ、しっかりとその数字を見て、原因を考え、今、何をするべきなのか、何を改善するべきなのかを検討し、早く行動に移すこと。悪くなる前に手を打つ。これが鉄則なのです。

一年に一度、人間ドッグであらゆる数値と言う数字をチェックして診断をしますが、お金の場合は、一年に一度と言うわけにはいきません。毎日、毎週、毎月、三か月、六か月、一年という視点で数字を見ることが必要です。これが言わば、自分の身体の健康管理と同じように、大切なお金の管理のきほんです。

数字から逃げない。このようにお金のフローを良く知ることでひとつ注意があります。それは数字という現実と向き合うことで、お金を減らしたくない気持ちが高まり、極端な節約に走ってしまうことです。無駄な支出をしないのは良いことですが、節約でお金は増えませんし、それでお金を守れるかというとそうではありません。

以前もお話したように、お金の使い方には、「消費」と「貯蓄」と「浪費」と「投資」の四つがあり、そのバランスを取るには、決して数字から逃げず、しっかりと数字を把握し、良いお金の使い方をすることなのです。

数字から逃げなければ、数字に強くなれて、きっと良いお金の使い方ができるようになれるのです。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。