「待つために働く」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

新年を迎えて、いかがお過ごしでしょうか。

前回の記事の最後に、価値があるからこそ、時間をかけるとお話しましたが、今回はその続きです。

現代は、あらゆることの最速化、最短距離を求める時代となり、知らず知らずに、「待たない」ことが、新しくて快適という意識が生まれているのも否めません。

そんな矢先、親しい仕事仲間が集う勉強会に参加し、「待つ」というテーマについて意見を交わしました。とても示唆に富んだ時間でしたので、みなさんと分かち合いたいと思います。

人生だけでなく、ビジネスにおいて「待つ」とは、欠かせないキーワードであり、特に投資において「待つ」とは、必須条件のひとつと言っても良いでしょう。

「待つ」とは、分かりやすく言えば、「待てるか?」、「待つ力があるのか?」という意味でもあります。

「ビジネスでは、スピード感が大事だと思いますが、なぜ待つのでしょうか?」と、一人の若い経営者が聞きました。

すると年配の投資家が、「ビジネスにおけるスピード感とは、主に意思決定という判断を指す場合が多いのです。たとえば、農夫と狩猟者、君は生き方としてどっちを選ぶかな?意味は分かるだろう。土地を選び、種をまいて育てて、熟した実という恵みを手にする農夫と、常に獲物を探して狩りをする狩猟者。前者は『待つ』生き方で、後者は『待たない』生き方と言えるでしょうか。選ぶのは自由だ。しかし、その差は大きい。豊かさの種類が違うんです。」と答えました。

そして、さらに「価値のある仕事であればあるほど、価値のある投資であればあるほど、しっかり時間がかかるもの。そして、その時間に比例するように、成果として大きなお金が入ってくる。しかし、それはずっとずっと先のこと。肝に命じるべきは、『お金は決してすぐに入ってこない』ということです。意外とこれを分かっている人が少ない。みんな急ぐのです。待てないのです。実現や成果、リターンまで、辛抱強く待てるか?ということです。」と言いました。

この言葉に同感した私はこんな話をしました。

「たとえば、『待つために他のことをしている』という言い方もできますね。まず、何を待っているかと言うと、ひとつは夢ですね。大きな夢の実現。言わばビジョンです。それは結果的にはお金なのかもしれませんが、お金は目的ではありません。大きな夢を叶えるために、お金や時間、自分の持っているものを投資する。しかし、夢が叶うのはずっとずっと先。とにかく時間がかかる。だからこそ、待つために他のことをする。たとえば、どんな事業でも、どんな学びにおいても、投資は必要で、しかし、すぐには結果が出ないから、投資をしながら、いつか出る結果なり成果を辛抱強く待たなければいけない。しかし、その間、収入がなければ資金がなくなり、自分は干上がってしまう。結果、待てなくなる。だから、別の商い、もしくは営み、何かしらの収入源を持つ、ということ。そう、『待つために働く』。この気づきは、私にとって発明に近いのです。」と話ました。

話を聞いていた、その場に居たほとんどの者がうなずきました。

「深いですね……。」と、若い経営者は言い、ため息をつきました。

「たとえば、作物を育てる。人を育てる。人間関係を育てる。病気の治療や問題解決など、待つことが大切なことは、日常生活でもたくさんあります。『待つ』ことの本質はそれと同じなんです。それらを待たずに急いだらどうなりますか?間違いなく失敗するのです。だから、『待つ』ということは基本中の基本。大切な姿勢です。待てない人は、まず成功しないですね……。」と、年配の投資家は答えました。

現在、国内で流通しているキャッシュは100兆円。その多くはタンス貯金であり、家庭内に眠っているとも言われています。これはすごいことで、特に高額紙幣の流通量が増えているのです。なぜでしょうか。理由は簡単。あまりに金利が低いからです。銀行預金するよりも、手元に現金で置いておいたほうが安心というインセンティブですね。

こういった現状を知り、ますます思い知るのは、私たち日本人は、もっともっと賢いお金の使い方を学ばなければならないということです。

年配の投資家は、続けてこう話しました。「『待つ』という姿勢のもとで、私は長期的に(じっくりと待って)お金を投資し、世の中に夢を与えているのです。」と。

彼は、お金を持っているだけでは意味がなく、使うことに意味があると言っているのです。そして、キャッシュを眠らせない。投資というお金の使い方は、「世の中に夢を与えている」ということだと教えてくれているのです。

今、自分は、世の中に夢を与えていると考えるからこそ、「待てる」のですね。

みなさんはいかがでしょうか。

それではまた。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。