「情熱と行動力、そして我慢」
Text by

松浦 弥太郎

Yataro Matsuura

なさま、こんにちは。

様々な心配事に明け暮れる毎日ですが、こんな時こそ、気持ちを明るく、笑顔を失わないようにしたいものです。

今回は、お金の話に通ずる大切なコミュニケーションの話について、仕事を例にお伝えしましょう。

人との関係を築く時に基本になるのは、礼儀正しさや相手への敬意、誠実さですが、それだけでは人の心はなかなか動きません。

人の心を動かすのは、どんな時でも「情熱」です。どんなに礼儀正しく振る舞っても、理路整然と涼しい顔で商談をしても、そこに情熱が感じられないと、どんな人の心も動かせません。

ビジネスの相手は、「あなたはどんなアイデアを持っているのですか。」「どんなプランを提案してくれるのですか。」「われわれには、どんなメリットがありますか。」と聞いてきますが、彼らが本当に見極めたいのは、あなたの情熱の量です。

情熱というのは、やみくもな感情ではありません。ある意味、ビジョンのはっきりとした完成形と、それが必ずしや価値のある大きな成果を果たすということが見えているからこそ、自信を持って、何があろうとそこに向かって突き進む姿勢そのものなのです。それが相手の心を動かし、感動を与えるのです。

情熱は未来に向けた、こうしたい、こうなりたいという希望そのものであり、決してあきらめない使命感なのです。

情熱が湧かないということは、先程お話したように、ビジョンの完成形と成果が、まだイメージできていないということ。そんな時は、足を止めてじっくりと考えてみることが必要です。

もうひとつ大切なことに「行動力」があります。仕事においてはミスやトラブルは日常茶飯事。行動力がものを言うのはそんな時です。

どんなに入念に準備をしても、どれほど注意を払ってもミスはするものですが、大切なのはそのあと。まずは初動をどれだけ早くできるか。重大なミスであれば、すぐに相手のところへ行くことです。関係者全員が揃って説明に行くという考えもあるかもしれませんし、必要な資料を整えてからと思うかもしれませんが、それはあとからいくらでもできます。謝罪はスーツで行くことがマナーだという人もいますが、わざわざ自宅に着替えに戻るくらいならそのままで十分です。

大きなミスほど怯んでしまうものですがその時、素早く動けるかどうかで、あとの流れは大きく変わります。まずは当事者の前に顔を見せて、正直に事情を話しましょう。大きなトラブルに発展するかどうかは、その初動にかかっていると言えるのです。

頭の中でミスに対する謝罪の言葉を考えるより、まずはできるだけ早く、相手に顔を見せること。シンプルな言葉で良いからすぐに電話して報告をすること。うまくいっている時より、うまくいっていない時こそ、あなたの行動力が問われるのです。

そしてまた、トラブルで求められるのは「我慢」する力です。その場の感情に突き動かされてしまうと、事態はより悪化します。

あまりに理不尽なことをされた場合は怒っても良い、席を立っても良いという人もいますが、そんなことをしても良いことは何ひとつありません。

以前、ある実業家に、経営において何が一番大事でしょうか、と聞いたら「我慢」という答えが返ってきました。その時はあまりピンときませんでした。彼の日頃の仕事ぶりからは想像できなかったのです。

これはあとになってその場にいた人から聞いた話ですが、彼が顧客からの電話を受けていた時のことです。長々と続く電話は、言わば筋違いのクレームで、延々と心外な言葉を浴びせられていたそうです。彼は静かに顧客の言い分を聞き、ていねいな言葉を返し、最後まで本当に誠実に対応していたそうです。

私に話してくれたその人は、よくそこまで我慢できると感心したそうです。よくぞ反論しないでいられた、自分ならもたないと思うくらいしつこいやりとりだったとか。

仕事は、我慢の連続です。言葉に出さなくても、怒りが態度に表れてしまうことがあります。足を組み替えたり、腕組みをしたりすると、イライラしている表情や態度は相手に伝わりますから、それでは我慢していることにはなりません。

怒りの沸点は、七秒しか持たないと聞いたことがあります。だからどんなにカッとなっても七秒やり過ごすことができれば、あとは自然とおさまります。もし怒りを爆発させそうになったら、七秒の我慢だと思ってください。そうするとかなり気持ちが軽くなるはずです。

失礼なことも理不尽なことも、日々を過ごしていれば普通にあることです。もちろんその瞬間は動揺する自分がいますが、七秒すれば、そんなことくらいあるよ、で済ませられるようになります。

怒らないからといって正義感がないわけではありませんが、どんな不測の事態が起きたとしても、世の中はいろんなことが起きるものだと受け止めましょう。

我慢は、忍耐というより頑張りです。自分を抑えて耐えるのではなく、ここはちょっと踏ん張っておこうと気持ちを強く持つようなイメージです。我慢を我慢と思わないのが、我慢をするコツかもしれません。

今回のお話は、「お金」との関係作りのヒントです。「情熱」「行動力」「我慢」。この3つは、お金と仲良くなるための鉄則でもあるのです。ビジョンに向かう意思のもとで、臨機応変に動き、頑張りぬくことを、仕事でもお金との関わり方でも大切にしたいものです。

それでは、また。

PROFILE

松浦 弥太郎/Yataro Matsuura
2006年から「暮しの手帖」編集長を9年間務め、2015年4月、クックパッド(株)に入社。同年7月に新メディア「くらしのきほん」を立ち上げ、編集長を務める。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。
「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、たのしさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。著書多数。雑誌連載、ラジオ出演、講演会を行う。
中目黒のセレクトブックストア「COW BOOKS」代表でもある。