2019年上半期の世界経済を揺るがせた米中貿易戦争は、“経済戦争”であり、“有事”です。前回は、その有事から身を守るために金が買われているという話をしました。
しかし近年、日本人にとって一番分かりやすい有事は北朝鮮問題でしょう。非核化を目指した米国との交渉が行き詰まる中で、この5月、北朝鮮は2017年以来のミサイル(短距離弾道ミサイル)実験を行いました。
まさに日本は今、北朝鮮の脅威にさらされています。この状態は恐らく、来年、再来年と続くでしょう。あまり考えたくないことですが、日本本土が北朝鮮からの攻撃を受ける可能性もゼロとは言えません。そこで資産をどう守るかを考えた時、浮上してくるのが“有事の金”です。
米ソ冷戦から生まれた“有事の金” |
そもそも“有事の金”の語源は、1960~70年代の米国とソビエト連邦との冷戦時代に遡ります。1962年、ソ連がキューバのフロリダ対岸に核ミサイル基地を建設し、米ソ両国は一触即発の状態になりました。いわゆる「キューバ危機」です。当時、スイスの富裕層は自宅に核シェルターを作り、そこに金貨を運び込んでいました。核の脅威があっても残る資産として金が買われ、それを見たメディアが“有事の金”と命名したのです。1970年代にスイス銀行(チューリッヒ)に勤務していた頃、私も実際のシェルターを見たことがあります。
金は融点が1064度と高く、熱・湿気・酸素などの化学的腐食に非常に強い性質を持っています。圧力に強いのも特徴です。1995年の阪神・淡路大震災の際には神戸市内で金庫の中の金貨・地金が溶けずに残り、2001年の米国同時多発テロでも世界貿易センタービルの地下6階にあったニューヨーク金取引所の受け渡し用金庫の中の金塊が回収されました。私はそのビルの中にあったスイス銀行ニューヨーク支店で働いたことがあるので、とても印象深い出来事でした。
有事に備えて、金を買っておくというのはひとつの選択肢でしょう。
金の上手な買い方は中国人に学べ |
では、具体的にはどうしたら良いですかと聞かれた時、私は「考え方としては、中国人をお手本にしましょう」とお話ししています。
中国人はいったん金を買ったら、ほとんど売らずにずっと持っています。そして家庭内の有事、例えばお父さんが会社をリストラされて失業したというような時に、手持ちの金を人民元に換えて当座の生活を凌ぐのです。中国人には、そういう発想があります。
一方、日本人はどちらかというと金で「儲けたい」方が多いようです。もちろん、中国人にもそうした考えの人はいますが、中国人の半分以上は金を「貯めるもの」と考えています。
我々日本人としては、中国人のやり方に学ぶところが大きいように思います。そもそも、日本で金が資産として扱われるようになってから、せいぜい40~50年といったところです。片や、中国人は3000年前から金貨を使っています。中国人の「金を貯める」という発想は、そうした歴史に裏打ちされたものだからです。
結論として、儲けるよりは貯める感覚で少しずつ積み立てていくことが教訓として導き出されます。「有事の前に金のタネを植える」という発想です。
有事の後に、金を買うのは「悪魔の選択」 |
これに対し、新聞やネット上のメディアに“有事の金”の見出しが躍るのを見て慌てて金を買うことを、私は「悪魔の選択」と呼んでいます。
そもそも、有事になってから金を買っても遅いのです。運用のプロは「噂で買って、ニュースで売れ」が鉄則です。噂が事実となり、ニュースとなって万人が知るところとなれば、買い材料としての新鮮味は全くありません。
一般的には、メディアが「金が急騰」と騒ぎ始める頃には、プロは「ひと相場終了」と冷ややかな目で見ていることが多いのです。そんなタイミングで入ってくる投資家は、格好のカモになってしまいます。
金は、中国人のように“平時”からコツコツ買って貯めておき、“有事”になったら売るというのが正解でしょう。
Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak