豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 004 | 2019.09.27
金で“年金目減りリスク”から自己防衛せよ
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

前回は「公的年金2000万円不足」以上に切実な問題として、インフレで年金の価値が大きく目減りしてしまうリスクについてお話しました。

日本銀行の量的緩和政策がこのままずるずると続き、市中にばらまかれたお金が回収されなければ、10年後には日本経済は確実にインフレになります。少子高齢化が進んで人口は劇的に減るのに、お金の量だけは激増したまま、という日本の未来は異常としか言いようがありません。

そこで今回は、こうしたインフレリスクに対して、どう自己防衛すべきかを考えてみましょう。

有効な手段としては、インフレに強い資産を持つことが挙げられます。

インフレが続くとお金で買えるもの(購買力)はどんどん減ります。物価が上昇していくため、資産価値を維持するためには、資産を貨幣で持っているよりモノに代える方が良いということになります。

 

石油ショックで「インフレに強い金」を証明

 

その究極の事例が1970年代に起こった“トイレットペーパー騒動”でした。
40年以上前の話になりますが、中東戦争やイラン革命に端を発する原油の供給逼迫と原油価格の高騰により、日本は1973年と1979年の2回にわたり、「狂乱物価」と呼ばれる急激なインフレに見舞われました。いわゆる“石油ショック”です。
(そして40年後の今。歴史は繰り返すのか、中東から日本が輸入する原油の8割が通過するペルシャ湾のホルムズ海峡が危うい状況です。ここが封鎖されたら、日本は“お手上げ”です)

閑話休題。40年前に発生したトイレットペーパー騒動に話を戻しましょう。

急激なインフレで、主婦目線では「銀行にお金を預けても財産が目減りするだけだから、いっそのこと、身近なモノであるトイレットペーパーを買いだめしておこう。」となったのです。結果として、各地でトイレットペーパーの買い占めが発生しました。今50代の方には、お母さんにスーパーからトイレットペーパーを運ぶのを手伝わされた記憶をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
とは言え、トイレットペーパーが財産では、なんとも心許ないですよね(笑)。

そこで、世界の投資家が資産防衛の手段として選んだモノが「金」でした。
結果的に1970年代後半から1980年にかけ、金価格は3倍以上に値上がりします。

金にはこうしたインフレ対策の“成功体験”があるのです。
一方で、株式もインフレに強いと言われます。経済が成長していくという前提に立てば、成長しそうな企業の株式を買っておくことも大切でしょう。

実際のところは「株式はやっていない」という方がとても多いです。

しかし、皆さんが払った年金の保険料の半分は株式で運用されているのですよ!

厚生年金や国民年金の積立金の運用を行っているのは、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)という厚生労働省所管の機関。2012年末に安倍晋三政権が誕生してから、GPIFは官邸主導で株式での運用比率を高めてきました。2018年度末の資産構成比では、国内株式と外国株式の合計が49%強に上っています*1。

※1 出典:年金積立金管理運用独立行政法人「2018(平成30)年度業務概況書」<https://www.gpif.go.jp/operation/annual2018_report_q4.pdf>

講演などで「間接的とは言え、皆さんは既に多くの株式を保有していることになります。」とお話しすると、「マジ!?」という“ビックリ反応”が必ず返ってきます。

株式が首尾よく上がれば将来の年金も安泰ですが、逆に下がってしまうと年金の原資が減ってしまうという、あまり考えたくない状況になるのです。

つまり、老後の生活は株価次第!これはちょっと「ヤバイ」と思いませんか?

そこでこれからは、自分年金の一部として「金」を少しずつ貯めて老後の株安に備える、という発想が必要だと私は確信しています。

その金が役に立たない状況が一番望ましいのですが、近年は役立ってしまう事例が急速に増えています。

 

 

カリスマ投資家や年金基金も金に注目

 

カリスマ投資家たちも、最近は金に注目し始めました。
7月中旬にはカリスマヘッジファンドマネジャーのレイ・ダリオ氏がSNSに投稿した論文の中で金を推奨、ニューヨーク金先物価格が急騰するひと幕もありました。
ダリオ氏は現在の米国の金融政策に疑問を呈した上で、「ウォール街の最長の株式強気相場の後で投資として何が有効か、マインド・セットを変える必要がある。」「金を多少なりともポートフォリオに加えることで、資産全体のリスクを低減させ、リターンを上げることができる。」などと綴っています。

何やら金の教科書的な話を、カリスマが改めて真面目に述べているのが印象的でした。さらに、日本の名だたる企業の年金基金が、金をポートフォリオに加える事例も増えてきました。私自身も金投資のアドバイザーとして、年金基金でレクチャーをする機会が増えています。10~20年前にはとても考えられなかったことです。

ひょっとしたら、皆さんが働いている企業の年金基金も、既に金を買っているかもしれませんよ!

将来起こり得る「年金目減りリスク」に備え、インフレに強い金や株式を少しずつ貯めておこう

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。