豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 005 | 2019.10.30
金価格「歴史的上昇」の背景にある意外な要因
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

2019年は金価格が歴史的な高値を付け、運用対象としての金に熱い視線が注がれています。筆者も金の専門家として、普段はご縁のない女性誌などからの取材も増えました。

米中対立やイランによるホルムズ海峡閉鎖の危機、北朝鮮の“飛翔体”、英国の欧州連合(EU)離脱問題、さらに、サウジアラビアの原油施設爆撃などの「有事」が連日のようにマーケットを賑わせている中、投資マネーは安全資産の金に流れています。こうした「有事の金」買いは一時的なことが多いのですが、これだけ次々とリスク要因が出てくると、金への影響も継続されます。

 

 

郵便局神話の崩壊で個人マネーが金に流入

 

目を国内に転じると、かんぽ生命保険やゆうちょ銀行の不適切販売問題が金へのマネー流入を誘発しています。
かんぽ生命保険の契約者は約2600万人に上り、日本の人口を考慮すると約5人に1人が何かしらの契約をしていたことになります。さらにゆうちょ銀行の投資信託販売方法についても疑義が呈されています。
とりわけ地方では「貯金も保険も、郵便局なら安心できる」という絶対的な“郵便局神話”がありました。それが崩れてしまったことで、地方では今、郵便局から引き出された巨額の個人マネーが回遊しています。
かくして、地方銀行の預金残高が積み上がる一方で、その一部が金へと流入しているのです。

さて、金価格上昇の要因として「有事の金」には該当しないけれど、それ以上に価格上昇への貢献度が大きく、見逃せないのが「金利」の動向です。
今、デンマークでは期間10年の住宅ローンを組むと、銀行から0.5%(2019年9月時点)の金利が払ってもらえます。「逆じゃないの?」と思うかもしれませんが、本当です。
この“珍現象”が起こった背景には、銀行間で資金を融通し合う市場(インターバンクマーケット)がマイナス金利(下記コラム参照)になっているという事情があります。例えば市場の金利が-0.8%としたら、銀行は住宅ローンの利用者に0.5%の金利を支払っても0.3%の儲けが出るので損はしません。
今はまだデンマーク国内だけの話ですが、スイスやドイツ、英国にも急速に普及する兆しがあります。日本でも10年物国債の金利は既にマイナスに転じており、来年あたりは新しいもの好きのマネー誌が「住宅ローンで金利をもらって儲ける方法」の特集を組んでいるかもしれません。

 

 

「元本保証」の運用先が存在しなくなる

 

気を付けたいのは、マイナス金利は良いことばかりでなく、お金を預ける側にとってはとんでもない“災難”になりかねないことです。金余りの銀行は今さら預金など要りませんから「どうしても預けたいなら、タダでは困ります」ということになります。実際、一部の銀行では預金に手数料をかけることが検討されています。

国債はマイナス金利、さらに預金も手数料を取られるとなると、日本には元本保証の預け先がなくなってしまいます。まさに“元本保証神話”の崩壊です。
その結果「金利を生まない=ゼロ金利」の金が、国債や預金よりもハイイールド(高利回り)とみなされ、選好されることになったのです。 筆者も40年間、金の業界でやってきましたが、金がハイイールド扱いされる日が来ようとは、夢にも思いませんでした。

郵便局や元本保証といった“安全神話”が相次いで崩壊する中で個人マネーを集める金。 「資産防衛策」としての金の強みについては、次回にお話しましょう。

 

コラム:マイナス金利はなぜ起きたのか?

マイナス金利とは、簡単に言えば「お金を借りる人が金利をもらえる」ことです。背景には極度の世界的な金余り現象があります。とは言え、銀行はお金を借りてくれる人がいないと商売が成り立たないので「金利を払いますから借りてください」となるわけです。 金余りの背景には、2008年のリーマンショック以降、日米欧の中央銀行が景気対策のためにお金をばんばん刷ってばらまく「量的緩和」を延々と続けてきたことがあります。2008年当時に比べれば景気も回復し、そろそろばらまいたお金を回収しなければならないのですが、急に回収しようとすると株価が急落するなど“ショック症状”が起きる可能性があり、回収に二の足を踏んでいるのです。結果として世界的に景気は減速しているのにマネーはあふれていて、少しでも有利な預け先を求めて回遊するという状態になっています。日本の国債がマイナス金利になったのは、日本国債は日本銀行が量的緩和政策の一環として購入してくれるため、安く買って高く日銀に売れれば儲かるということで、先の回遊する投資マネーがどっと流入したからです(国債などの債券は、買い手が増えて債券価格が上がると金利が下がります)。

 

金価格上昇の要因は「有事」のみにあらず、「金利」にも注意せよ

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。
オフィシャルサイト www.toshimajibu.org