豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 009 | 2020.02.27
米国とイランの衝突を「金投資」の面から読み解くと…
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

昨年は「米中対立で、なぜ金の価格が上がるのか?」という記事の中で“有事の金”に言及しましたが、2020年の年明け早々、それを実証するような出来事が起こりました。 米国がイラン革命防衛隊の幹部、ソレイマニ司令官を暗殺した事件のことです。 米中は“経済戦争”ですが、こちらは武力を行使した文字通りの“戦争”になりかねず、マーケットにも緊張が走りました。 金投資の面でも大変示唆に富む出来事になったので、今回はこの米国とイランの開戦危機についてお話したいと思います。

まずは事件の概要を簡単に振り返っておきましょう。 年明け早々、トランプ大統領は米国の軍隊に、イラクのバグダッド滞在中の司令官を暗殺するよう指令を出しました。「今なら警備も薄いはずだから、今狙え!」というわけです。 背景には、イラク国内のイスラム教シーア派武装組織が昨年の11月から12月にかけ、米軍や米国大使館に対して11回もの攻撃をかけ、米国人の命が失われた事件があります。 司令官はこの武装組織を支援していたのです。

こうして無人機(ドローン)攻撃による殺害が決行されました。しかし、司令官は日本で言うなら防衛大臣に匹敵する国家の重鎮で、イラン国内では英雄視されていた人物。イランも黙ってはいません。 それでなくてもトランプ大統領の核合意からの離脱(2018年5月)を契機とした米国の対イラン経済制裁により、イランの経済成長率は2017年の3.73%から2019年にはマイナス9.46%まで急落。イラン国民は降って湧いたような貧困との戦いを余儀なくされていました。民衆の反米感情は否が応にも高まります。

 

イランの報復攻撃後の1600ドル超えは一瞬で終了

 

しかし、イランが米国に戦争を仕掛けたとしても、両国の軍事力の差は歴然としており、勝ち目などありません。資金を供与してくれる相手もなく、戦費の調達さえ厳しい状況です。 一方で、トランプ大統領側にも開戦を回避したい事情がありました。 米国には2003年、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているとして、軍事介入した過去があります。結果的に兵器は発見されず、不毛な戦いで多数の米国兵が落命したこともあり、国内では当時のブッシュ政権への批判が噴出しました。 今回イランと交戦して同様の事態になったら「トランプは何をやっているんだ」とばかりに政敵から格好の攻撃材料にされかねません。

こうした両国の思惑が交錯した結果、イランはイラク国内の駐留米軍基地の“非居住地域”を狙って“報復”の弾道ミサイル攻撃を行い、いったん矛を収めたのです。

一連のやり取りの中で金価格が最も上昇したのは日本時間の1月8日午前9時、イランがイラクの駐留米軍基地に向けて攻撃を仕掛けたとの報道が流れた直後でした。1トロイオンス=1550ドル前後だった金価格は一気に1600ドルの大台を突破。2013年3月以来、約6年10カ月ぶりの高値を付けたのです。 しかし、すぐに大量の売りが入り、金価格は徐々に下降。3時間後の同日昼頃には、上昇前の1550ドル水準まで戻っていました。

筆者はこのコラムも含め「有事の金のドカ買いは悪魔の選択。プロは噂で買ってニュースで売るから、ニュースで買う素人はババを引く」と言い続けていますが、まさにその通りになりました。天井で買った個人投資家は、見事に梯子を外された格好です。ツイッターなどでは「金で大損した!!!」という書き込みが散見されましたが、筆者からすれば「だから言ったのに……」という想いです。

 

「米国vsイラン」戦争は日本経済にも甚大な影響が!

 

米国とイランの対立は、日本にとっても他人事では済まされません。 というのも、いざとなったらイランは原油輸送の大動脈(海上大輸送路)であるペルシャ湾のホルムズ海峡を封鎖してしまいかねないからです。原油調達の9割を中東に依存する日本の経済は、ホルムズ海峡封鎖により機能不全に陥りかねません。身近な問題で言えば、全国のガソリンスタンドからガソリンが消える、といった事態が起こり得るのです。 さらに折も折、国会では中東への自衛隊派遣が議論されていました。万一、日本人の若者が米国とイランの戦争に巻き込まれるようなことになったら、政権を揺るがす一大事です。

こうして米国とイランの衝突がニュースやワイドショーなどで大きく取り上げられたこともあり、筆者は個人投資家から、こんな相談をいただきました。 「自分はずっと株式をやってきたんですけど、やっぱり金も持つべきなんでしょうね。こんなことがあると、ホント、やばいですよね。」

確かに今回の一触即発状態は“寸止め”で済みましたが、これが米国・欧州連合とイランの背後にいるロシア・中国連合との全面対決に発展していたら、危惧された「第3次世界大戦」が勃発したかもしれません。 そうなったら株式は暴落するでしょうし、国債も紙切れになりかねません。 通貨の円やドルはどうなるのか、日本銀行や米連邦準備理事会(FRB)はどう動くのか――などと考えていくと、やはり最後に残る選択肢は金なのです。

私がセミナーなどでよく話題にするのが通貨の歴史の話で「ドルは230年、円が120年、人民元は70年、ユーロに至っては20年。でも金は3000年、桁が違います」ということです。 金はその長い歴史の中で、何度も人類の危機をかいくぐり、未だに価値を維持しています。過去を振り返っても、世界大戦といった国家が揺らぐような状況になった時、最後の最後に頼りになるのは金でした。 “有事の金”たる所以です。

ただし、万一に備えて金を買うなら、“有事”ではなく、“平時”からコツコツ買っておくのが鉄則です。実際、今回の有事で慌てて買って大損した人がいる一方で、これまで地道に純金積立をやってきた人は金価格の上昇によって報われているわけですから。

米国とイランの衝突で「有事に強い金」を再認識。平時より備えよ。

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。