豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 010 | 2020.03.30
「株式と金の同時高・同時安」も? 株価と金価格の関係は?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

経済が安定的に成長し株価が好調な時、投資対象として選好されるのは株式です。しかし、有事が起きたり、経済の先行きが不透明になったりすると、投資家は安全資産の金にお金を移します。 こうした市況の法則からすると、株式と金の値動きは「逆相関関係」にあり、株価が上がれば金価格は下がることになります。

しかし、(新型コロナウイルス問題が起きる前の話ですが)2019年後半から2020年年初にかけ、米国ニューヨークダウ工業株30種平均が高値を更新する中で、金価格も歴史的な高値を付けるという珍しい現象が起きました。なぜ、このような状況になったのでしょうか? 

 

株式と金の同時高は不安な投資家心理の表れ

 

筆者はこれを、見通しが見えない時勢に対する投資家の不安な心理によるものと見ていました。

ニューヨーク市場では、ヘッジファンドなどの投資マネーが投機的に金を売買しています。 彼らが軸足を置くのはもちろん株式で、そこはプロですから自分なりに判断して取引を行っているわけですが、いかんせん米国の大統領があのトランプ氏で、何をしでかすか分からない、次はどうなるか読み切れないという状況が続くと「心配だから、株式が暴落した時に備えて金も買っておこうか」となります。 結果として、株式とリスクヘッジの金、双方にお金が流入したのです。

一方で、個人投資家からは、こんな声も聞かれました。 「投資している株式が値下がりすると目の前が真っ白になってしまって、金のことなど考えている余裕がありません。でも、最近の株高でだいぶ心にゆとりが出て、豊島さんの金の記事もじっくり読ませていただきました。金もちょっと買っておこうと思います。」

このように、現場の投資家心理は往々にして教科書とは異なるものです。 そもそも、マーケットがセオリー通りに動くなら、プロの相場予測は8割くらいの確率で的中しているはずです。

気を付けたいのは「株式と金の同時高」というのは、せいぜい直近の1年にも満たない短い期間で起きた出来事だということです。状況によっては、株式と金が同時に安くなる局面も考えられます。

しかし、長期的には基本「株式が高ければ金は安く、株式が安ければ金は高くなる」でしょう。 株式のリスクヘッジとしての金の有効性は変わらないということです。

 

プレゼンス向上で金の下値も切り上がっている!

 

株式を買ってきた投資家の不安心理は、不幸にして現実のものとなってしまいました。 足下、新型コロナウイルスによる肺炎の感染拡大が、好調だった株価の変調を招いています。アジアを中心に各国の経済やマーケットに与える影響も軽視できず、当初は楽観的だった米国市場も、11月の大統領選挙とともに、この新型肺炎の動向をにらんだ展開となりました。

一方で、新型肺炎の日本国内での感染拡大や、この問題が勃発する前の2019年10~12月期GDP(国内総生産)が5四半期ぶりにマイナスに転じたことなどにより、円に対する評価は「安全通貨」から「リスク通貨」へと変化、膠着していたドル円相場が一気に円安へと動く局面もありました。 短期的な円高、円安を繰り返しつつ、トレンドとしては、“円高神話”は崩壊の方向に向かっています。

こうした流れを受け、国内では金価格が1グラム=6000円の大台を突破し、40年ぶりの高値を付ける局面もありました。

金価格が歴史的に上昇した背景には、先のヘッジファンドやETF(上場投資信託)、年金基金など買い手が増えて市場が拡大したことにより、売買高が増加し、下値が切り上がっている影響もあると考えます。

実際、金融商品としての金のプレゼンスは大きく向上しています。 かつてはセミナーに登壇すると、聴講者の顔触れはほとんどが“常連さん”ばかりだったのですが、このところ急に新顔が増えています。恐らく、これまでは金投資に見向きもしなかった個人投資家が「今買うなら金だよね」と足を運んでいるのでしょう。

金価格は今年に入ってから、筆者の想定を上回る高い水準で推移しています。 ドバイやムンバイの店頭では閑古鳥が鳴いており、実需を伴わない先物主導の価格高騰でバブルの匂いも漂いますが、筆者はこの状態が米国の大統領選挙までは続くのではないかと見ています。 世界経済の視界不良、それに歩調を合わせるかのような主要国の量的緩和(マイナス金利)の継続と、現在の金を取り巻く状況を見る限り、大きく下げる理由が見当たらないからです。

長期的に見れば株価と金価格は逆相関、金は株式のリスクヘッジとなり得る

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。