豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 013 | 2020.06.29
今、金が“デフレ対策”として注目される理由とは?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

前回は“コロナ終息後”の日本経済を予測しましたが、あれから1か月が経ち、その間に発表された経済指標などで、コロナ不況の深刻さが浮き彫りになりました。
2008年のリーマンショック時と大きく違うのは、新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるために、世界中でヒトやモノの流れが寸断されてしまったことです。こうした経済活動の停止により、各国で新たな危機的状況が生じています。

2020年5月に集中した日本の3月期決算企業の株主総会では、赤字転落の業績発表が相次ぎました。取材する記者に今後の業績見通しを問われた社長が「分かりません」を連発するなど、前代未聞の光景が繰り広げられました。
米国では百貨店のニーマン・マーカスやJCペニー、さらにレンタカーのハーツなどの経営破綻が相次ぎました。日本でもアパレルのレナウンの破綻が報じられましたが、こうした消費者にとって身近な企業が次々と倒産に追い込まれているのもコロナ不況の特徴です。

 

デフレ基調の中で、なぜ金が買われるのか

 

企業破綻が続くと、マクロ経済はデフレの罠に落ちていくことになります。消費者心理が冷え込んでモノを作っても売れず値段を下げる。そして値段を下げても売れないのでさらに下げるという、文字通りの“デフレスパイラル”に入り込んでしまうのです。 日本ではリーマンショック時に既にこうした悪循環を経験済みです。
何年もかけてようやくデフレから脱却したと思ったら、今回コロナに頭を打たれて、またデフレに逆戻りというわけです。

注目したいのは、そんなデフレ基調の中でも金が買われ続けていることです。

物価が急上昇した際に、それに対応して値上がりする性質から、金には「インフレに強い」、「インフレ対策」というイメージがあります。デフレはインフレの逆の現象ですから、常識的には「デフレ下では金の出番はないだろう」と考えるところでしょう。
しかし、私たちは前述の通り、リーマンショックの際にデフレで企業破綻の連鎖が起こることを学んでいます。だからこそ“破綻しない金”が今注目されているのです。

 

今の状況ではペーパー資産は安心できない

 

一般的に資産運用の選択肢として挙げられるのは、預貯金、株式、国債などでしょう。
株式市場はコロナショック時から値を戻していますが、コロナ感染の第二波、第三波が来れば、また下落するのが目に見えています。そうでなくてもマーケットの値動きが激しい今買いに向かっていくのはためらわれます。
国債は“安全資産”と言われていますが、日本の財政状況を考えると買いづらい面があります。先進国の中でも断トツで国の借金が多いのに、コロナ対策で大型財政出動を余儀なくされた今は、例えるなら「満身創痍の人がさらに傷を負った状態」だからです。

結果として目下タンス預金や普通預金が増えています。
とは言え、普通預金についても経営状態が悪化している地方銀行を中心に口座維持手数料を徴収する動きが広がっており、メガバンクにも波及しそうです。預金金利を上回る手数料を徴収されたら、残高は目減りしていくことになります。

このような状況でペーパー資産では安心できないため、今後中長期的な資産運用においては、独自の価値を持つ“実物資産”が欠かせないものとなってくるでしょう。ただし、ひと口に“実物資産”と言っても、その代表格である不動産の価格はコロナショックを機に急落しており、だからこそ前述のように運用先として金が注目されているのです。

 

「高くても金を買いたい人」が急増

 

金は地球上の自然現象によって、何億年という歳月をかけて組成された貴金属です。企業が発行する株式、国が発行する国債などと違って発行体がないので、発行体の信頼が揺らいで破綻することはありません。
それゆえ、経済動向に敏感な人たちは“破綻しない資産”である金を買って、コロナ不況によって起こりうるデフレの長期化に備えようとしているのです。

国内金価格は2020年4月に40年ぶりに高値を更新した後も高値圏で推移しています。筆者の実感として、従来だとこういう時は貴金属商の店頭に押し寄せる顧客の95%が手持ちの金を高く売りたい人なのですが、今は30%ほどが高くても金を購入したい人です。これは業界関係者からも画期的な数字と受け止められています。

そうした中で唯一金価格の下げ要因として認識しておきたいのが、新型コロナウイルスの治療に有効なワクチンや治療薬の登場でしょう。治療法さえ確立すれば、ウイルスの脅威は払拭されます。
2020年5月中旬にも、米国モデルナ社が開発したワクチンの初期治験の結果が有望だったという報道で米国市場の株価が急騰し、金価格が下落した局面がありました。ワクチンや治療薬への期待がいかに大きいかという証左でしょう。
2020年5月末時点で、世界中で120種類以上のワクチンが開発され、約1000件の治療薬の治験が実施されています。しかし、専門家は完全なワクチンや治療薬が供給されるまで1年以上はかかると見ているようです。

コロナ不況によるデフレ懸念には、金を買って備えよ

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。