豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 015 | 2020.10.29
金嫌いで有名な、あの“投資の神様”は、なぜコロナ禍で金投資を始めたのか?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

8月末、米国のカリスマ投資家ウォーレン・バフェット氏率いる世界最大の投資会社バークシャー・ハサウェイ(以下、BH)が、日本の5大総合商社の株式を1年以上かけて、それぞれ発行済み株式数の5%超取得していたことが明らかになり、商社株が急騰しました。

バフェット氏と言えば、気に入った銘柄は20年以上保有するなど、超長期投資の実践者として知られ、抜群の実績も残しています。個人投資家のみならずプロの間にも信奉者が多く、BHの年次総会は彼に直接質問ができるチャンスとあって、例年4万人以上の株主が世界中から押しかけます。御年90歳になりますが、演台に立つ彼は頭脳明晰、弁舌も滑らかで一向に年齢を感じさせません。

 

金鉱株を買ったのは「配当を生む」から?

 

筆者が注目したのは、むしろBHがコロナショック後に金鉱株を購入していたことです。これには金の関係者も騒然としました。
と言うのも、バフェット氏は生粋の金投資否定論者だったからです。筆者の記憶に強く残っているのは、彼の「金はキラキラ輝くだけで、(同じコモディティの)穀物のように食べることもできないし、原油のように体を温めることもできない。なぜ高値が付くのか分からない。」という言葉です。さらに彼は「金は保有していても何も生み出さない。」とも言っています。バフェット氏にとって投資とは、お金を使って価値を生み出すことであり、配当や利息の付かない金にお金を入れるのは投資ではない、ということでしょう。

BHが購入したのは、金地金でも金ETF(上場投資信託)でもなく、世界各国で鉱山を運営する産金最大手、カナダのバリック・ゴールド(以下、バリック)という企業の株式です。昨年後半から上昇してきた金価格は、コロナ禍の中で史上最高値を更新しました。しかし、バフェット氏は今注目されているから買うというような投資家ではありません。そこには何か理由があるはずです。
9月末時点でバフェット氏は、なぜ“宗旨替え”して金鉱株に投資するに至ったのか一切説明していません。ですから、これは筆者の推測に過ぎないのですが、恐らく彼なら「金鉱株は配当を生むから。」と言うのではないかと思います。

マーケット関係者の中には、少々意地の悪い見方をする向きもあります。
バフェット氏は2008年のリーマンショックで米国株が大暴落した際、市場に現れて救世主のごとく次々と株式を購入していきました。安値で拾った株式はその後値上がりしBHを潤しました。

しかし、コロナショック時はほとんど動かず、それどころかウイルスのパンデミック(世界的大流行)で危機的状況に追い込まれた米国の航空会社の株式をあっさり売却したのです。これにはバフェット氏の支持者の間からも「信頼していたのに裏切られた。」という声が上がりました。こうしたことからバフェット氏も思うところがあったのではないかというのです。

BHがバリックの株式を購入した春先頃は、米国市場では少なくとも夏までは低迷が続くという予想が多勢を占めていました。割安株投資を得意とするバフェット氏も、さすがに大暴落した株式には手を出せず、苦渋の決断で金鉱株を買ったのだろうという見立てです。
確かにBHが購入した時点でバリックの株価は既に高い水準にあり、バフェット氏らしからぬ投資と思えなくもありません。

と言っても、バフェット氏はやはり“投資の神様”ですから、BHがバリックを組み入れたことが分かるや否や、同社を含めた金鉱株の株価は急上昇。「バフェット氏が買っているなら安心して買える。」とばかりに、金投資全般も勢いが増したのを筆者も実感した次第です。

 

一般の投資家にはベーシックな金投資がお勧め

 

しかし、カリスマ投資家に安易に追随するのは感心しかねます。このコラムでも何度も申し上げてきましたが投資は自己責任です。欠点のない完璧な運用商品など存在しないわけで、そのメリットとデメリットの両方を見極めた上で投資することが大切です。

金に関してバフェット氏の指摘は正鵠を射ており、最大の欠点は保有していても配当や利息を生まないことでしょう。最近はマネーの“大放流”による過剰流動性を背景に、日本を含めてゼロ金利やマイナス金利の国が増えていて、その欠点を消し去っています。とは言え、こうした状況が未来永劫続くわけではありません。金と長く付き合うのであれば、このデメリットはしっかり認識しておく必要があります。

さらに、金地金や金貨を自宅で保管する場合は、盗難や災害に遭う可能性もあります。2011年の東日本大震災でも津波で自宅の金庫が流された方がいました。この場合、後で金庫が回収されたとしても、金は無記名ですから所有権を主張することができません。こうしたリスクに備え、業界大手には有料で金の預かりサービスを行っているところもあります。

一方で、金投資のメリットは何かと言えば、一番は「リスク分散」です。株式や債券、不動産など、値動きのある運用商品には値下がりリスクが付きものです。金は本来これらの運用商品とは異なる値動きをするため、資産の一部で金を持っておけば、下がった分を金の値上がりでカバーすることができます。今年のマーケットでは株価と金価格が同じ方向に動くイレギュラーな事態が散見されましたが、あくまで短期的なもので、長期的には本来の形に収斂されていくはずです。

ここで注意したいのは、運用の主役はあくまで配当や利息を生む株式や債券、不動産であり、金は脇役だということです。購入する際は、初心者なら資産の10%、金投資に慣れた方でも20~30%までを目安にしましょう。

バフェット氏が購入した金鉱株は、金投資の中では異質な存在です。株式なので配当が得られる半面、トップの経営手腕に対する評価などが株価に反映されるため、金価格が上昇してもその恩恵を十分に受けられない可能性があります。プロの立場から一般の投資家の方には、金地金や金貨、純金積立などのベーシックな金投資をお勧めします。

カリスマに追随するのではなく、金投資の長所と短所を検証して投資すべし

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。