豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 019 | 2021.11.29
「中国発リーマンショックの再来」はあるか、金価格はどう動く?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

国際経済の分野で目下最大の懸念は、中国から2008年のリーマンショック級の世界的な金融不安が引き起こるのではないかという問題です。

現在、中国の経済は世界トップの米国と肩を並べるくらいまで拡大しています。しかも米国は“成熟した経済”ですが、中国は“今まさに成長している経済”ですから、中国がコケたら世界中の市場で株式が暴落するような事態になりかねません。日本も上場企業の3~4割が影響を受けることになるでしょう。中国経済の悪化は日本にとっても、米国にとっても、さらに欧州にとっても大問題なのです。

ではなぜ中国経済はそこまで危機的な状況に陥ったのでしょうか?そこで今回は中国経済危機の背景とそれが金市場に与える影響についてお話しします。

 

中国を悩ませる「不動産」&「教育」バブル

 

今、中国はふたつのバブルに悩まされています。ひとつが「不動産バブル」、もうひとつが「教育バブル」です。

中国では一定水準以上所得のある人が資産運用を考える時、まず候補に挙げるのが不動産で中国人に資産構成を尋ねると「不動産が6~7割」というのが一般的です。結果として、中国では不動産関連が国家の経済規模を表すGDP(国内総生産)の3割程度を占めています。これは他国と比べても大変大きなシェアです。

そうした中で「お金を貯めて家を安く買い、値上がりしたら売って利益を得る」といった投機的な売買が北京などの大都市を中心に急増し、社会問題化しました。習近平国家主席は国民に対し「不動産は住むものであって、儲けるものではない」と度々警告を発していましたが、2021年10月の全国人民代表大会で一部地域への不動産税の試験的導入(5年間)を決定しました。

一方で中国の中流階級以上の間では「お受験フィーバー」とも言うべき現象が起きています。中国には「有名校を出て優良企業に就職すれば、良い人生を送れる」という考えが根強くあり、親たちは教育への投資を惜しみません。「スーパー老師」と呼ばれるカリスマ塾講師が台頭し、個別指導が1時間10万円にのぼることもあります。また、学区が定められている中国では、家族で有名校のある学区に引っ越す人が増えた結果、そうした学区のマンション価格が5~6倍に跳ね上がったという話もあります。さすがに当局も無視できず、この学区内の不動産高騰現象には規制を強めていますが、中国社会の学歴「超」偏重の風潮はそう簡単には変わらないでしょう。

背景には日本では考えられないほどの「格差」の存在が指摘されています。習近平政権は教育バブルに歯止めをかけるべく学習塾の取り締まりなどの教育改革を行い、さらに格差是正に向けて「共同富裕」という構想を打ち出しました。共同富裕はもともと1953年に“建国の父”毛沢東が掲げたスローガンで、貧富の差を解消して社会全体が豊かになることを目指すものです。格差対策は米国のバイデン政権や日本の岸田新政権の政策にも通じますが、見方を変えればこうしたスローガンを持ち出さなければならないほど中国の格差問題は逼迫しているのです。

そしてこれらふたつのバブルが大問題になっている中で浮上したのが、中国最大の不動産デベロッパー・恒大集団の経営危機です。恒大の資金繰りが悪化し、発行した社債が債務不履行(デフォルト)になりかかっているのです。

恒大は主として大規模マンションの開発・販売を手がけていますが、その販売方法は「全額前金」、「引き渡しは2年後」という日本人なら首をひねるようなものです。にも関わらず中国では皆がこれに飛びつきました。しかし今回の経営危機で下請け企業にも支払いができず、契約済みのマンションで工事がストップしたものが中国全土で200万戸を超えています。

恒大はマンション販売の他にも商売をしていました。新規事業の投資に年7%の利息をつけると言って「理財商品(中国で主として個人投資家向けに販売される人民元建ての金融商品)」を販売したのです。年率7%は中国でも大層な儲け話ですが「あの恒大だから」と皆が信じて投資します。実のところ新規事業そのものの存在があやふやですが、なんと7万人以上がこの理財商品に虎の子の貯蓄を注ぎ込んでいました。

購入した不動産の受け渡しができない、投資したお金が戻ってこないという状況は大きな社会不安を誘発します。これを未然に防ぐために、習近平政権は「何とかマンションを建てろ」、「金を都合しろ」と恒大に迫っており、2021年10月末には広東省などの複数の開発案件で建設が再開されたと報じられました。また恒大のトップは「不動産業から電気自動車(EV)への事業転換を図る」と発表しましたが事業の見通しは明らかになっていません。

 

 

金利上昇の逆風が吹く金は、今後半年が踊り場に

 

恒大の経営危機がきっかけとなって、これまで澱みのように溜まっていた中国経済の影の面が露わになっています。直近の中国の経済成長率(2021年7~9月期)は4.9%に留まりました。4.9%は日本なら大喜びする水準ですが中国では受け止め方が違います。中国経済は長年2ケタ成長が続きましたが、ここ数年は6%台に落ち込み、コロナ禍からいち早く回復を遂げたと思ったら今回5%を切ったわけです。そもそも14億1000万の国民を抱える中国ほどの新興大国の経済は、10%くらいの成長率がないと回っていきません。

恒大の経営危機が表面化した9月20日、世界の主要市場で株式が売り込まれる展開になりました。恒大の債務は33兆円以上にのぼっています。恒大問題が「リーマンショックの二の舞になるのではないか」と懸念されるのは、恒大が中国最大の不動産会社だからで、実際今回の危機の影響を受けて既に中国の他の不動産会社もデフォルトを起こしています。

しかし「中国発リーマンショックの再来」があるかどうかと言えば、筆者を含む多くの専門家はないと考えています。リーマン・ブラザーズの投資案件は世界中の投資家に関わるものでしたが、恒大の社債を購入しているのは一部の外国人を除き、ほとんどが中国在住の中国人です。ですから仮にデフォルトが起きたとしてもリーマンショックのように急激に世界に波及することはないでしょう。

では肝心の金はどうでしょう?CPI(消費者物価指数)が5%台で推移している米国を筆頭に、コロナの反動による経済の活性化を前提にすると、日本を除く先進国では金利が上昇しています。金利を生まない金にとって金利上昇は“天敵”です。従って金には大変な逆風が吹いている状態ですが、前回の「いま騒がれるインフレの正体と『インフレヘッジの金』への期待」で指摘したインフレや今回の中国の問題もあって、結果的に買いと売りが拮抗した状態が続いています。それでも歴史的高値水準にあることは変わりません。

こうした状況で個人投資家が何をすべきかと言えば、地味ではありますが純金積立などを利用して、個人資産のストックとして金の保有を少しずつ増やしておくことに尽きるのではないでしょうか。短期的な金価格の変動に一喜一憂するより、金市場を取り巻く外部経済環境に目を光らせることの方がはるかに大切です。ちなみに筆者は、これから半年ほどは踊り場になりますが、2022年後半以降は金価格が再び上昇基調に入ると見ています。

“恒大リスク”は長期化しそうだが、金価格を下支えする

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。