豊島さんが語る 経済のしくみと投資哲学 001 | 2019.06.27
米中対立で、なぜ金の価格が上がるのか?
Text by

豊島 逸夫

Itsuo Toshima

米中貿易戦争は、2019年金市場の“買い要因”として注目されています。なぜでしょうか?

とにかく金の世界は、中国抜きには考えられないのです。中国には山東省と新疆ウイグル地区に大きな金の産地があります。豊富な埋蔵量を誇り、金の生産量では世界で断トツの1位。さらに需要量も1位で、国内生産だけでは足りず他国から輸入しています。

 

 

巨大な金需要を支える中国の官と民

 

中国の金需要には大きく分けて“官”と“民”の2つの側面があります。中国の人民には、娘が結婚するから、孫が生まれたから、あるいは自分へのご褒美として人生の節目節目に金製品を買う慣習があります。言わば“金大好き人間”が14億人近くいるわけで、これは鉄板の需要ベースです。

一方の官はと言うと、中国の日本銀行に当たる中国人民銀行が金を買っています。国際収支安定のために各国の政府や中央銀行が保有する対外支払い準備(外貨資産)のことを「外貨準備」と言いますが、中国は2018年時点で世界最大の3兆1681億ドルもの外貨準備高を持っています※1。2位が日本の1兆2704億ドルで、3位のスイスは7869億ドルですから、中国の外貨準備高がいかに多いかが分かるでしょう。

※1 出典:グローバルノート-国際統計・国別統計専門サイト-(https://www.globalnote.jp/post-3702.html)

 

その外貨準備の約7割はドルと言われています。しかし、中国にしてみれば大事な資産を“仮想敵国”の通貨で持っているのは居心地が悪いのです。なぜなら米国の都合で経済政策が変わり、外貨準備の価値がその度に増えたり減ったりするリスクがあるからです。それならユーロに換えるのはどうかというと、英国が欧州連合(EU)を離脱すると言っているし、移民の問題もある。そうやってひとつひとつを消去法で消していくと、最後に「無国籍通貨=金」が残るわけです。

金はナショナリズムの匂いのしない通貨です。ドルを持つということは米国の経済圏の傘下に入ることを意味しますが、発行体のない金なら、発行国のイデオロギーや信用度など関係ありません。日本人は「本当に金で大丈夫なの?」と思うかもしれません。しかし、中国では紀元前3世紀に既に金貨が使われていました。人民元はせいぜい70年ですが、金には3000年もの歴史があるのです。

 

 

中国人民銀行の“買いっ放し”で金価格が切り上がる

 

かくして中国人民銀行はこれまでに貯めた外貨準備の一部を金に換えようと、21世紀に入ってから粛々と金の購入を始めました。いったん外貨準備で買われた金は、まず売られることがありません。何十年、場合によっては何百年と国の資産として保有されることになります。そもそも、売買を繰り返す投資家とは発想が違うのです。穴を掘ってどんどん埋めていくようなもので、買われた金が市場に戻ることはありません。結果として中国人民銀行が買えば買うほど金価格水準が切り上がっていきます。我々プロから見ると、こういう“買いっ放し”こそ最も強い“買い”なのです。

このような背景で米中貿易戦争が勃発しました。習近平国家主席としては、手持ちのドルを少しでも減らして金に換えたいと考えるのは当然でしょう。貿易戦争が悪化する中で、“経済安全保障”として金の保有量は増えていくと考えられます。

2018年の金の年間産出量は3260トン※2です。これに対し、同年末の中国の外貨準備での金の保有量は1852トン※3。私はこれが、5年後には5000トンに達すると見ています。ほぼ2年分の産出量に当たる金を中国人民銀行が買い占める、それくらいのインパクトがあります。

※2 出典:U.S.Geological survey-Mineral Commodity Surveys(金の年間産出量)
※3 出典:中国人民銀行(中国における金保有量)

 

 

米中それぞれの事情が金価格を左右する

 

これで中国が金の世界で中心的なポジションを占める国だということはお分かりいただけたと思います。

一方、貿易戦争の相手、米国でも金が安全資産として注目されています。結論から言えば、ドナルド・トランプ大統領は何をするか分かりません。ですから資産運用のプロは、トランプ大統領が何をしても良いように策を講じておく必要があります。例えば、トランプ大統領が就任してから、その発言で株価が暴落することが増えました。そこで、そういう時に値上がりするのは何かと考えると、ごく自然な形で金が浮かび上がってきます。資産を守るために金を保有することが、トランプ大統領就任後、日米中に限らず、世界的に増えているのです。

米国では“トランプ不安”から金が買われ、中国では独自の理由で官・民による金買いが行われている。金価格上昇の背景には、こうした米中それぞれの金をめぐる事情がある。

Text : Itsuo Toshima, Toshiko Morita
Illustration : Damien Florebert Cuypers
Artist Management:Agent Hamyak

PROFILE

豊島逸夫
三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され、外国為替貴金属ディーラーとなる。チューリッヒ、ニューヨークの投資最前線でトレーダーの経験を積んだ後、金の国際機関ワールドゴールドカウンシルに入り、投資事業本部アジア・オセアニア地域担当本部長や日韓地域代表を歴任。金の第一人者となる。
2011年豊島逸夫事務所を設立。独立後は、活動範囲を拡大。自由な立場から、日経マネー、日経ヴェリタス、日経電子版などで、国際金融、マクロ経済評論などを行う。